「事情ねえ」


 曖昧な言葉を疑ったのか、段田は菊之助の眼を見つめる。

怪しまれているのは、菊之助にも察しがついた。


(ばれたか?)


 菊之助は乾いた唇を舐める。

段田は胡散臭そうにうがっていたが、しばらくして、「まあいい」とあっさり流した。


「ところで、どんなふうに化かせばいいんだい?」


 呆然とする菊之助をよそに、段田は訊いた。

 まさか承諾してくれるとは思いもよらず、嘘をついた側の菊之助は呆気にとられていた。


「え、えっと。
俺の姿を別人に変えてくれればいいんだ。
それだけ」

「結局は、正体が君だと分からなければいいんだな」

「お、おう」


 返事をもらうなり、段田は菊之助の目先に両手を出した。

その手が紫紺の光にくるまれる。 

お伽話に聞く、天の都に住まう女が身にまとう羽衣とやらにも似ている。

光の絹は段田の手と指の動きに従い、麗しく揺らめいた。

そして菊之助を中心に螺旋状となる。


(変な光)


 菊之助は思う。


「君からすれば、悪魔の常識は全て変になるだろうな」


 段田が嘲笑した。

 あ、また心を読んだな、こいつ。

 そう菊之助は眉根を寄せた。

その瞬間、菊之助は自分が犯した重要なあやまちに気付くのだった。

 段田は幻術のみならず、読心術も巧みに使いこなす。

菊之助の穴だらけで単純な嘘を見抜くなど、造作もなかろう。


(俺あ、なんて馬鹿なんだろう)


 菊之助は、虎に捕まった子鼠のように段田を窺う。

年貢の納め時か。

これでまた菊之助は、自分に最適なつっぱり棒を失った。