「ユリ!」





廊下に飛び出して、左を振り向き叫んだ。





いつも通っている学校の廊下。10人前後の生徒たちが、不思議そうにあたしを見た。






20メートルほど向こうに、ユリの小さな背中が、他の生徒たちの中にちらっと見える。





こちらに気付いた様子はない。






でも、ユリの身体には濃い紫色の靄(モヤ)がまとわりついて、ゆらゆらと妖しく蠢(ウゴメ)いている。





恐怖を感じるより先に、自分の足が大きく廊下を蹴った。





「うぉっ…」

「きゃっ、なに?」





生徒たちにぶつかるのも省みず、とにかく全力疾走でユリを追いかける。






「ユリ!」






ユリとの距離がぐんぐん縮まる。同時に、最初に感じた強い寒気が唐突にあたしを襲った。





靄(モヤ)が発する存在感なのか、震えるほどの寒気と、とにかくおぞましい何かの気配があたしの周りに充満している。






“なにこれ…雫!”






恐怖を振り払って無我夢中で走る。ようやく追い付いた時には、ユリは階段を下りようと右に曲がったところ。






「ユリ!待って!」






あたしの叫び声が聞こえていないのか、ユリはほぼ真後ろにいるあたしの呼び掛けにも全く反応せず、階段を下りようと一歩目を踏み出す。







“うっ…!”






その瞬間、ユリを取り巻いているどす黒い靄(モヤ)が、その身体を舐め回すように這いずり、ユリの足下にぐるりと巻き付いた。






「きゃあっ!」

「……っ!!」







咄嗟に、ユリに抱き付いた。







ゆっくりと、視界が反転する。






意識の外で、他の生徒たちの悲鳴が聞こえた。






あたしの耳には、小さな、小さな声で、こう聞こえた。







“ヒトリニ、シナイデ…”





「……!!」






あたしの全身を、今まで感じたことのない戦慄が一瞬で駆け巡った。





“雫…助けて”





ユリの小さな身体をちからいっぱい抱き締めながら、あたしは目をぎゅっと瞑った。