枕陸は、遊美と名乗った人形にむかって、自分のことを語った。
小さい頃からずっと、物を、道具を愛してきたこと。物の姿を見て、物を撫で回し、物がたてる音に聞き惚れ、物の匂いを嗅ぎ、毎日夢中になって物に接してきたこと。それが原因かどうかは、はっきりとはわからないが、ある日突然、物の声が聞こえるようになったこと。
「それ以来、うれしくて、いろんな物の声を聞いてきたんだけど、君みたいに人の言葉を話す物の声は初めてだよ。やはり人形だから、物の声も人の形をしているのかな。……しかも、付喪……なんだね。人を襲わない付喪も、いるんだね」
陸は、興味深げに遊美を見た。
「わたしも、驚いている。あなたみたいな人間、いるなんて」
まったく口を動かさずに、遊美は答えた。
その声は、陸の頭の中に、直に響いてきた。
人形だから当然なのだろうが、遊美の口の部分は、精巧な作り物で、開かないようになっているようだった。しかしその柔らかそうな唇は、奥に濡れた歯や舌の気配を感じさせた。実際の中身は空洞なのだろうが、そんな錯覚を抱かせるくらい、精密に作られていた。物凄い技術だと、感動した。
「どうした?」
「え?あ」
思わず遊美の唇に見とれてしまっていた。顔を赤くして、あわててはなれる。
「わたしの顔、何かついているのか?」
「いや、ごめん、何でもないよ。それよりも、どうして君は、ぼくを助けてくれたの?」
遊美は、まったく動かないまま答えた。
「あなたを助けたわけじゃない。あの割り箸。あの割り箸の声を聞くと、なんだか胸が熱くなって、たまらなくなったから。我慢できなくなった、から。あの割り箸を壊しにきた。それだけ」
声が、震えていることに陸は気がついた。