ふりかえると、さっきの少年が立ち上がって、眉間にしわをよせながらこちらを見つめていた。周一郎以外の人間を見るのは、これが初めてだったので、遊美の人形は、少し緊張した。
「君は、誰なんだ?」
もう一度聞かれた。
遊美の人形は、物の声で答えた。
「わたしの名前は、遊美」
答えてから、心の中で苦笑した。
わたしは何を言っているのだろう?自分の声は、人間には聞こえないのだ。名乗ったところで、何の意味もない。
ところが、少年は細い目を見開くと、何かを考えるかのようにうつむき、少し間を置いてからこう言った。
「君はなんで、物の声でしゃべっているの?」
「・・・・・・え?」
「遊美ちゃん・・・・・・、だっけ?君は、いったい何者なの?付喪をあんな簡単に壊せるなんて」
「聞こえるの?」遊美の人形は、少年にせまった。「あなた、わたしの声、聞こえるの?」
少年は、とまどいながらもうなずいた。
遊美の人形は驚いた。
信じられない。一体どうなっているのか?人間が、どうして物の声を聞き取ることができるのか?
遊美の人形が混乱している間に、少年はまた何かを考えるかのようにしばらくうつむき、そして、ゆっくりと聞いた。
「君は、もしかして、人形、なのかい?人形の、付喪?」
遊美の人形は、うなずくと、恐る恐る、ゆっくりと答えた。
「え、ええ。ツクモというものが、な、何か、わからない。けど、私は人形。遊美と名づけられた、人形」
返事をするなんて体験は、生まれて初めて、いや、作られて初めてだ。
奇妙な快感を感じた。自分の言葉が相手に伝わるということは、こんなにも気持ちいいものなのか。
少年は、驚きの声をあげた。
「・・・・・・すごいな。まるで本物の人間じゃないか。どうやって作ったんだろう?君を作ったひとは、天才だな」
周一郎の笑顔が脳裏に浮かんだ。
また熱い感情がこみあげてきた。
暴れそうになる自分をおさえるために、遊美の人形は、本で読んだことのある、「質問」というものをしてみることにした。
「聞きたいこと、ある。」
「何だい?」
「あなたは、どうして、わたしの声、聞こえるの?人間には、聞こえないはず、なのに」
すると、少年は静かに笑みを浮かべ、ゆっくりと答えた。
「ぼくは、少し普通じゃないんだ」
それが、物の声を聞くことができる少年、枕陸との出会いであった。