割り箸は、もうひとりの少年も狙っているらしく、箸の先をいっせいに少年のほうに向けていた。


「ててえてえててて」
「てえてえてえ」
「てててててえてえ」


割り箸の声が高ぶった。どろりとした、黒くて焼けるほど熱い何かがまざった声。周一郎を殺した絵の具と、同じ声。


遊美の人形は動いた。


ドアをもぎとるようにして開けて、部屋に入った。そして宙に浮かぶ五十本近くの割り箸を全て捕まえた。
風が巻き起こった。
全ての割り箸を両手に握ると、遊美の人形は少年の前に背を向けて立った。


たった一秒の間に、それだけ動いた。


あまりにも速かったため、少年には、それがよく見えなかったようだ。何が起きたのかわからないといった表情で、人形の背中を見つめている。


割り箸たちは、手の中から逃げだそうともがいた。軽い木材のこすれあう音が、ぎち、びき、びき、と響く。
遊美の人形は、指に力をこめた。すると、割り箸のひとつひとつが悲鳴をあげた。


「てててててててててててててててててててててててててててっ」
「ててててててててててててててててててててててててててっ」
「ててててててててててててててててててててててててててててててっ」
「てててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて・・・て・・・・・・・・・てえ・・・て・・・・・・て・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


遊美の人形は、全ての割り箸を握りしめて砕いた。へし折れた割り箸は、ぼろぼろと床に落ちた。
声がやんだ。
同じ物である遊美の人形にだけわかる、突然の沈黙。
砕かれ、ただの木片と化したことで、割り箸は死んだ。ゴミになったのだ。


しかし、遊美の人形の心は、晴れなかった。周一郎が死んだ瞬間にわきあがった、熱い感情がまだおさまらない。いったいどうすればいいのか?このままだとまた暴れだして、いま後ろにいる少年も殺してしまいそうだ。


「君は、誰だ?」


そのとき、背後から声をかけられた。