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「届け物があったなんて、嘘……」
「……なん……」
「お母さんが再婚した……」
あの頃のバタバタはもう一生ないと思う。……ないと信じたい。
リハビリを続けながらも、なんとかアドバイスをしてくれていた先生が、亡くなった直後だった。
著作権の変更や、全世界での映画公開、それに合わせた特集や何から何で寝る間もなく働いていた。
机に向かっていても落ち着かず、スケジュールばかりが頭を回り、仮眠をする気にもならず、頭はぼんやり眠っているのに、目だけは冴えてしかたなかった。
体力的にも精神的にも最高につらい時期だった。
そんな中でも、先生の命日には必ず花を手向けようと心に誓った直後だったと思う。
マンションのインターフォンが鳴ったのは。
葬儀の日以来会っていなかった愛子が、渡したい物があるからと、編集者を伝って俺のマンションに来たのだ。
もしかしたら、アシスタント時代の物が残っていて、遺品の整理の時に出て来たのかもしれない。
そう思いながら、干からびた身体に鞭打って、オアシスの水を飲みに行くつもりでインターフォンが鳴るドアを開けた。
「ひさ…………」
あまりにも深刻な表情をしていたせいで、別人かと思ってしまうほどだった。その時の愛子は、挨拶も口から出ないほど、張り詰めた顔をしていた。
「どうした?」
息は荒く、歯を食いしばり、肩が震えていた。
その瞬間から決めていたんだと思う。
あの顔を見た時から、俺の人生は決まってしまっていたんだと思う。
あの時、どんな事を言いだそうとも、愛子の一生を俺が担うんだと決意してしまっていたんだと思う。
小学生の頃からずっと見て来た愛子は身近すぎて、先生を通じてしょっちゅう話を聞こうとも、たまに会おうとも、薄くしか感じ取れなかった存在が、この時だけは違っていた。
その後すぐにマンションに転がり込んできた愛子のために、編集の知り合いの建築士に大急ぎで家を建てさせ、引っ越しをしてからもう6年。
一緒に干されている洗濯物や、洗い物では飽き足らなくなってきた。
愛子が俺を見ていないことなど分かっている。今更、こちらの気持ちをぶちまけたところで、出て行ってしまうのがオチだと分かりきっている。
俺は、詰まる想いに耐えられなくなる前に、無意識にタバコを手に取った。
もともと、愛子がいなければ成り立たなかったような人生だ。
それなら、愛子のために、全てを投げ捨ててもいいと思っているのに。
感傷的になったところで、ソファで寝そべっている愛子が、俺の心を読み取るはずもない。
「おい、お茶漬けできたぞ」
「……んー……」
仕事明けの可愛そうな身体のために作ってやったお茶漬けも、ただの栄養摂取として使われても、致し方のないこと。
「スーツ着替えてからにしろよ。皴んなるだろ、ほら」
タバコを灰皿でもみ消してから、その細い両手首を掴んでソファに沈み込んでいる身体を持ち上げてやる。
触れた肌は白く、温かく、柔らかい。
「ふあぁぁぁあ……」
半目であくびをする姿は可哀想なくらいだ。こんなになるまで働かなくてもいいのに。
「俺の愛情たっぷりこもったお茶漬けだぞ。ただで食べられるのは、愛子くらいだ」
「…………」
何も言わず、だるそうに立ち上がるその頭に、俺の声は届いていない。
「…………、聞いてる?」
「…………」
それでも返事もせず、またソファに倒れ込む。
俺は、ここぞとばかりにその細い身体に触れないように、しかし、覆いかぶさりながら、
「聞いてる?」
このまま、身体を寄せて触れてみようか。
全身を使って、包み込んでみようか。
「…………」
今度は寝息をたてはじめた。俺の話なんて、最初からまるっきり聞いちゃいない。
冗談が過ぎるといけないと判断した俺は、すぐに身体をどかせ、溜息をつく。
ピリリリリ、ピリリリリ……
愛子のスマホが突然派手に鳴り、彼女はすぐに目を開けた。
「何だ、こんな時間に……」
バックから取り出した画面を見て、愛子はすぐに電話を取ると、急ぎ足で廊下に出て行く。
俺に聞かれたくない話ということだ。
こんなに近くで愛情を注いでやっているのに、この扱いはなんだと、さすがにむくれた。
だがすぐに愛子は電話を切り、
「ねむー、お茶漬けできたー?」
と、近寄ってくる。
それだけで、俺を必要としていると知っただけで、実は飛び上がって喜んでしまうんだ。
「……電話誰だ? こんな時間に。野原君か?」
なのにまた俺は、嫌がられるような口をきいてしまう。
「取引先の人。あ、鮭ちゃんと焼いてる!! ふりかけじゃない!!」
「あったぼーよ!!」
その嬉しそうな顔を見ただけで、俺は他のことなんかどうでもよくなってしまう。
愛子、本当は俺なしで生きてはいけないだろう?
愛子、俺はお前なしでは生きていけない。
愛子、お前だってそうだろう?
愛子、俺は……。
「届け物があったなんて、嘘……」
「……なん……」
「お母さんが再婚した……」
あの頃のバタバタはもう一生ないと思う。……ないと信じたい。
リハビリを続けながらも、なんとかアドバイスをしてくれていた先生が、亡くなった直後だった。
著作権の変更や、全世界での映画公開、それに合わせた特集や何から何で寝る間もなく働いていた。
机に向かっていても落ち着かず、スケジュールばかりが頭を回り、仮眠をする気にもならず、頭はぼんやり眠っているのに、目だけは冴えてしかたなかった。
体力的にも精神的にも最高につらい時期だった。
そんな中でも、先生の命日には必ず花を手向けようと心に誓った直後だったと思う。
マンションのインターフォンが鳴ったのは。
葬儀の日以来会っていなかった愛子が、渡したい物があるからと、編集者を伝って俺のマンションに来たのだ。
もしかしたら、アシスタント時代の物が残っていて、遺品の整理の時に出て来たのかもしれない。
そう思いながら、干からびた身体に鞭打って、オアシスの水を飲みに行くつもりでインターフォンが鳴るドアを開けた。
「ひさ…………」
あまりにも深刻な表情をしていたせいで、別人かと思ってしまうほどだった。その時の愛子は、挨拶も口から出ないほど、張り詰めた顔をしていた。
「どうした?」
息は荒く、歯を食いしばり、肩が震えていた。
その瞬間から決めていたんだと思う。
あの顔を見た時から、俺の人生は決まってしまっていたんだと思う。
あの時、どんな事を言いだそうとも、愛子の一生を俺が担うんだと決意してしまっていたんだと思う。
小学生の頃からずっと見て来た愛子は身近すぎて、先生を通じてしょっちゅう話を聞こうとも、たまに会おうとも、薄くしか感じ取れなかった存在が、この時だけは違っていた。
その後すぐにマンションに転がり込んできた愛子のために、編集の知り合いの建築士に大急ぎで家を建てさせ、引っ越しをしてからもう6年。
一緒に干されている洗濯物や、洗い物では飽き足らなくなってきた。
愛子が俺を見ていないことなど分かっている。今更、こちらの気持ちをぶちまけたところで、出て行ってしまうのがオチだと分かりきっている。
俺は、詰まる想いに耐えられなくなる前に、無意識にタバコを手に取った。
もともと、愛子がいなければ成り立たなかったような人生だ。
それなら、愛子のために、全てを投げ捨ててもいいと思っているのに。
感傷的になったところで、ソファで寝そべっている愛子が、俺の心を読み取るはずもない。
「おい、お茶漬けできたぞ」
「……んー……」
仕事明けの可愛そうな身体のために作ってやったお茶漬けも、ただの栄養摂取として使われても、致し方のないこと。
「スーツ着替えてからにしろよ。皴んなるだろ、ほら」
タバコを灰皿でもみ消してから、その細い両手首を掴んでソファに沈み込んでいる身体を持ち上げてやる。
触れた肌は白く、温かく、柔らかい。
「ふあぁぁぁあ……」
半目であくびをする姿は可哀想なくらいだ。こんなになるまで働かなくてもいいのに。
「俺の愛情たっぷりこもったお茶漬けだぞ。ただで食べられるのは、愛子くらいだ」
「…………」
何も言わず、だるそうに立ち上がるその頭に、俺の声は届いていない。
「…………、聞いてる?」
「…………」
それでも返事もせず、またソファに倒れ込む。
俺は、ここぞとばかりにその細い身体に触れないように、しかし、覆いかぶさりながら、
「聞いてる?」
このまま、身体を寄せて触れてみようか。
全身を使って、包み込んでみようか。
「…………」
今度は寝息をたてはじめた。俺の話なんて、最初からまるっきり聞いちゃいない。
冗談が過ぎるといけないと判断した俺は、すぐに身体をどかせ、溜息をつく。
ピリリリリ、ピリリリリ……
愛子のスマホが突然派手に鳴り、彼女はすぐに目を開けた。
「何だ、こんな時間に……」
バックから取り出した画面を見て、愛子はすぐに電話を取ると、急ぎ足で廊下に出て行く。
俺に聞かれたくない話ということだ。
こんなに近くで愛情を注いでやっているのに、この扱いはなんだと、さすがにむくれた。
だがすぐに愛子は電話を切り、
「ねむー、お茶漬けできたー?」
と、近寄ってくる。
それだけで、俺を必要としていると知っただけで、実は飛び上がって喜んでしまうんだ。
「……電話誰だ? こんな時間に。野原君か?」
なのにまた俺は、嫌がられるような口をきいてしまう。
「取引先の人。あ、鮭ちゃんと焼いてる!! ふりかけじゃない!!」
「あったぼーよ!!」
その嬉しそうな顔を見ただけで、俺は他のことなんかどうでもよくなってしまう。
愛子、本当は俺なしで生きてはいけないだろう?
愛子、俺はお前なしでは生きていけない。
愛子、お前だってそうだろう?
愛子、俺は……。