「着いたー!」
長い旅だった。
車のドアを開け、外に出て大きく伸びをする。
クーラーの温度に慣れていた体はじわっと汗を出したが、それでもカラッと澄んだ空気は気持ちがいい。
上を向き、「んんー!!!」と言って伸びをするだけで、目を閉じていても強く太陽を感じる。
よく晴れた日だ。
荷物を両手に持って、ガラガラっと少し重い引き戸を開けると、言葉ではなんとも言い表せない、おばあちゃんちのにおいがした。

「おばあちゃーん!来たよー!!」

ゴソゴソと奥から音がして、キシリキシリと床を鳴らしながら、ゆっくりおばあちゃんが姿を表した。

「よう来たね〜。おあがりなさい。」

明るい外の光とは対照的に、暗く感じた家の中であったが、おばあちゃんはくしゃくしゃの笑顔で嬉しそうに笑った。

「花音、お泊りの用意は全部持ってきたわね?お母さんもう行くから、元気にしてるのよ。寂しくなったら、夜にでも電話しなさい。」

そう言って母は、笑ってチュッと投げキッスをして出ていった。
母は、こんな日でも仕事があるんだ。大人は宿題がなくてうらやましいけど、夏休みもないのはごめんだな、と思う。
祖母の家には毎年正月に行くのが決まりだ。
しかし、泊まるのは初めてだから花音はドキドキしていた。しかも、はじめてにして急に二ヶ月間
泊まる。夏休みの間だ。
まったくの非日常に、多少なりとも興奮している花音は、祖母に言った。

「近所を探検してきていい??あっ、シロのお散歩がてらにも!」

シロとは祖母が飼っている犬の名前だ。もう10年以上前になるだろうか、たまたま帰省していた母の兄が律儀にも段ボール箱に入っている子犬を見つけ、持ってきたのだ。
花音は赤ちゃんだったので覚えていないが、それはそれはかわいかったらしい。
今では背中に乗って走らせたくなるほど大きくなっている。

ゆっくりと落ち着いた声音で「気をつけなさいね。」と返ってきたので、花音は廊下をバタバタと走って外へ出、シロを連れてスキップで家の門を出た。

空は少し陰っていた。
夕方が近づく。

「シロー、半年ぶりだねぇ。お正月にお散歩してあげたの、覚えてる?」
シロはハッハッと舌を出してクゥンと鼻で鳴いた。
「今の返事?シロは人間語がわかるんだねー!」
道の隅で花音は立ち止まって、シロと向かい合うようにかがんで頭を両手で優しく包み、いいこいいこ、とくしゃくしゃに撫で回した。
すると、シロが上を向くように花音の手を避け、右の方を向いた。
花音ははっとしてシロの目線を辿った。

「あっ」

少年が立っていた。歳の頃は花音と同じくらいだろうか、黒く日に焼けている。

「……」
「……」

「お前犬と喋ってんの。」
「…えっ、いや、これは、その…」

花音の住むところと違い、人が全然見当たらないことへの安心感から、誰も来ない、と勝手に決めつけていた。
誰にも見られてないし、と真顔で犬と目を合わせて喋っていたところを、この人に見られてしまったのだ!
しかも、男の子に!!
おばあちゃんちには2ヶ月もいる訳だから、友達をたくさん作って一緒に遊ぼう!と心の中で計画していたのに!
しょっぱなから変な人だと思われちゃったかも!?

恥ずかしさが花音を饒舌にならせた。

「こっこれは、この子を躾けるためで!ほ、ほら犬にお手とかお座りとかさせるのってやっぱり飼い主との信頼関係が大切だからさ??信頼してもらうために何が大切かっていったら会話で心を通わせることが一番!だから勘違いしないで、別に変な人じゃないから!!」

そう一息に捲し立てた。
よし、言い訳はカンペキ。ちょこっと噛んじゃったけど。

「お前が連れてるの、〇〇のばあちゃんちのシロだろ?」
「えっそうだけど。」
「シロはお手もお座りも待てもできるぜ。」
「えっ」

あーーーーー!!!?毎年正月にはシロと会うからそれは知ってる。
こいつは知らないと思ったのに!

「〇〇のばあちゃんちには時々行って散歩とか手伝うから。」

あーーーーー!!!!!?しまった。しまった。そんなの知らなかった。あわわわわわわわわわわわわわわわ

「あ、あのっ!!これから2ヶ月おばあちゃんちに住むから、よろしくっ!!!」

そう言って、わたしはシロを半ばひっぱるようにして、あたふたと道を引き返した。