「愛に見捨てられ、そうしてあなたは生まれた。『4番目の【失望】』として。
だからあなたはいつも9番目にべったりなんですね」
「……そう、なのかな。でも、9番目はあったかいよ。0番目が消えてから笑わなくなったけど、それでも優しく抱きしめてくれるんだ」
「嫉妬しますねえ……」
「やめてよ、6番目の【嫉妬】みたいなこと言わないで……。
ほんとに失望しちゃうんだから」
「おやおや、それは困りましたねえ。0番目のいない今、私の主人はあなたなんですから。
主人に嫌われることは、死ぬことよりもつらい」
そう言って悲しげな憂いある表情を見せる7番目。
それでも4番目はそっぽを向いたままだ。
ふと、ポツリと雫が落ちてきた。
「おや、雨のようです。どこかで雨宿りを………おや?」
一瞬空へ目を向けた7番目。
その隙に逃げたんだろう、4番目はいなくなっていた。
ああ、どんどん霧も濃くなってゆく……
*
誰もいないであろう山奥。
近くに水の流れる音がしたから、そこで少し休もう。
そう思って茂みを掻き分けたのに……
「む?なんだ貴様は」
「………。」
4番目の【失望】は、その名に相応しく怪訝な顔をして目前の男を見つめた。
白く袖の長いチャイナ服、黒くゆったりとしたズボン。凛々しい少年だが、容姿からして中国人であろう。
手には刀。後程知ったのだが、どうやら『青竜刀』というらしい。
物珍しげに4番目が見つめていると、相手の少年も4番目をマジマジと見つめてきた。
原因はきっと、ゴスロリというこの場にミスマッチな服装。
「む……な、なんだその格好はっ?貴様まさか外部の者かッ!」
「……いや、君こそ誰だよ。僕より君の方が怪しいと思うけど?子供がこんなところでそんな物騒なモノ振り回して……」
「いやどう見ても貴様の方が年下だろう?! いいから答えろ!貴様は何者だ!」
どうやら話を聞かないらしい17ほどの少年は、近くに転がっていた木棒の先を4番目に向ける。
「……ねえ、なんでそっちの刀じゃなくて、そんな脆い木棒を向けるの?僕を威嚇するなら刀の方が有利でしょう?」
「馬鹿者! 女子供に向けるためのモノではない上に、なりふり構わず己を護るために鍛えたわけではないっ!
貴様に刃(やいば)を向けられるわけが無いだろう?!」
「そこは意外と律儀なのね……」
誰彼構わず暴君なりの刃を向けられると思っていた4番目は拍子抜けした。
そんなにも危ない人じゃないみたい、とほっと溜め息をついたまさにその時。
キッと睨む目前の男はさらに眼光を鋭くして問いただしてきた。
「貴様はどこから来た?こんな山奥で何をしている?そもそもその格好はなんだ、馬鹿にしているのか?にしても……「ちょ、ちょおストップ!答えるからゆっくりでお願い!」
まさにマシンガンのような質問攻めに4番目も慌てて止める。
すると意外に、眼光を抑え木棒を離し凛とした立ち振る舞いでこちらを見据えてくる少年。
え、けっこう従順なタイプ?
「俺は【フェイ・ロウ】。今日はここで自分を鍛え上げていただけのこと。すれば貴様が急に現れて………
ああそうだ、貴様は誰なんだ?」
「んー、僕は4番目の【失望】だよ。7番目から逃げてたらたまたまここに着いちゃっただあーけ。
別に君を襲おうなんていう外部の阿呆じゃないから」
「4番目…?【失望】…?
っ、貴様、ふざけているのかッ!」
「別に、ふざけてないよ。ああでも、君ってばすぐ怒るタイプ?だったら僕は、【失望】するな」
上目遣いで、されど殺気を含むその睨みにフェイ・ロウは思わず刀、『青竜刀』を抜刀した。
それを見てクスクス笑う4番目。やはりフェイ・ロウはそれにすら苛立つ。いや、それだからこそ、か。
「ねーえ、女子供は斬らないんじゃなあーいのおー?僕は立派な女で子供。君ってばキレると矛盾するタイプー?」
「っ、黙れ馬鹿者!いいからちゃんと答えろ!貴様は何者なんっ……」
「だから、【失望】させないでよ」
トンッと地面を蹴り、向けられていた刃の先に飛びのる4番目。
軽業師のような軽やかさに、思わずフェイ・ロウも目を丸くする。
「ねえ、フェイ。君はちゃんと、"僕"を見てくれる?」
「は……?」
「見てくれないなら、せめて僕に同情してよ。
あわよくば、偽の愛を」
そう言って体重をかけ始める4番目に、瞬時に危険を察したフェイ・ロウは青竜刀を振って4番目を退かせた。
「おっと」と言って再び地面に足をつける4番目の表情に、焦りは見られない。
「同情だと?初めて会ったやつに、それすら無礼な態度などをとる輩に同情する余地なし!
ましてや偽りの愛だと…?そう軽々しく愛を語れる年でもないだろうっ、なにを貴様は訴える?!」
「訴える?…あははっ!別に僕はわかってもらいたくて声を発してるんじゃない。
君如きに、僕を理解できるなんて思わないでよ!僕は僕にしか分からないし自惚れる奴らに伝える言葉もない!
そうやって思い込みで人を見ないでよ。だから僕は人間が嫌いなんだ。だから、僕は君たちに【失望】するんだ」
虚ろな目でゆらりと近づく4番目に、とうとう刀を構えるフェイ・ロウ。
「貴様、人外か……。成る程、躊躇する必要なし。存分に斬らせてもらう!」
「いいよ、いいよ!そうやって君は僕を傷つければいい!そしたらきっと、誰かが『可哀想』って言ってくれる!
僕に偽りの愛を少しでもくれる!」
「馬鹿者!そうやって"自分の哀れで他人を惹くな!自分の魅力で他人を惹け!"」
「!………僕に魅力なんてない。
誰にも自分だけの『特別』があるなんて思わないでよ。僕は、僕なりのスタイルがあるんだから」
地面を蹴り飛び上がる4番目。青竜刀を構え相手を睨むフェイ・ロウ。
「フェイ、君は勘違いしてる。僕は……………!」
「なにをだ、何を勘違いしていると言う。負け犬の遠吠えにしては早すぎるぞ!」
そうしてフェイが刀の先で4番目を突こうと上へ向けたのだが。
あれ、霧が出てきたような………
そうして霧が晴れたとき、そこには4番目の姿はなかった。
そうして最後に残された言葉は酷く悲しいもので。
『フェイ、僕は同情や偽りの愛が欲しくてたまらない訳じゃない。人間の自然な訴えが聞きたいんだよ。
【失望】しないような綺麗な戯言を、ね』
*
「いててて……まったく、飛ばしすぎなんだよ。もっと優しく飛ばしてよね」
誰に向かって放った言葉か。4番目は、ゆらりと去ってゆく霧をキッと睨む。
4番目の行き着いた先にはどこかの路地裏。はて誰もいない、どこへ行こうか。
とりあえず、と。立ち上がりゴスロリについた砂埃をぱんぱん叩いて落とす4番目。
「さて、どこへ向かおう……か、な………………………」
腰に手をあてた状態である一点を見つめたまま目を逸らさない4番目。
一体なにがいるのかと。
「にゃんにゃにゃーんっ、やっぱこの姿だとみいーんなお菓子くれて嬉しいにゃーんっ。…………およ?」
ばっちり目があった瞬間、思いきり目を逸らす4番目。その反応わっかりやすう。