「【失望】があるから世界は廻る。【失望】があってこそ、世界は懸命に向上するのだ」
「僕が、いるから……?」
「もしそれでも『消えたい』と君が乞うのなら、泣き虫な君を『否定』しよう。
君にはきっと、笑顔が似合うだろうから」
そう言って左手で拭われた涙と、すこしだけ触れた温かさにまた、4番目は雫を落とす。
「……でも、僕は忘れちゃうよ。そうしてまた、僕は世界に【失望】する」
「それでいい。それがいい。それが君の在り方ならば。
誰も【失望】(君)を、『否定』しない」
右手も左手も離され、名残惜しく思うも頭にぽんと置かれた右手の温もりに、またうっすらと涙が溜まる。
だけど別れは必然で。
突如として現れた霧が4番目の体を包み込む。
ふと離れる温もりに、顔をあげ目を合わせた4番目は言葉を紡ぐ。
「僕は世界に【失望】する」
「ああ、それでこそだ」
優しく笑うマスターの声が、耳にひっついて離れない。
心地よいコーヒーの匂いと、マスターの笑顔が。これでもかと侵食してくるものだから。
ああ、忘れたくないなと。
*
目を開ければそこは霧の世界で。
まだ少しぼんやりする頭で、唯一わかるそのことだけは。
「……やっぱり、君が僕を世界につれ出したんだね、【迷蓮】(めいれん)」
「………。」
目の前に佇む小柄なその子供に。
されど妖しく沈黙なる子供に。
「あのね、僕、ぜんぜん思い出せないんだよ。君のせいで。なにもかも」
「………。」
びくりと震える迷蓮の体。
しかしその容姿ではふざけているとしか思えない。
ひょっとこのお面を被り手拭いもちゃっかり巻いていて。
顔を隠すものだから、表情も読み取れない。
長い黒髪を後ろに白紐で1つに結い、陰陽師のような白装束を。
いや、上だけは何故だか紅色に染められた装束だから、紅装束か。
まともと思えないその格好を自然としているのは、世界がそれを受け入れているからなのか。
解(げ)せない。
「ひどい話だよね。君はそうやって僕の今までを失くしてしまうんだから。
まるで霧がかかったみたいに、僕は記憶が曖昧で。いっそのこと全てを忘れさせてくれればいいのに。
なのに君は、枠だけ残して形はそのまま消してしまう。忘れたくとも忘れさせてくれない」
淡々と紡ぐ4番目の言葉に、ひょっとこ子供、もとい迷蓮が顔をうつ向かせる。
もっとも、ひょっとこ面のせいで顔は見えないのだが。
「……でも、それでいいんだ」
「……?」
「君がそうやって、『僕は何かをしていた。だけど何かが分からない』状態を造り出してくれるから。
だから僕は【失望】できる」
「!」
「ああ、違うよ。別に思い出したわけじゃないから。さっきまでどこに居たか分からないけど。
それでも、強すぎる思いは残るもんなんだね」
マスターの存在すら忘れた4番目だが、それでもあの温もりは消えない。
消すことすら出来まい。
「【失望】(僕)がいるから世界は廻る……か。一体誰の言葉なんだろうね」
「………。」
「でもまあ、いっか。それでこそ僕なんだから。それでこそ、僕は僕らしくいられるから。
だから、」
そうして天を仰ぐ4番目に、ふと見とれた迷蓮(めいれん)は思考を巡らす。
『これだけは忘れさせまい』と。
だから、
「僕は世界に【失望】する」