失望巡りて世界は廻る

「【失望】があるから世界は廻る。【失望】があってこそ、世界は懸命に向上するのだ」


「僕が、いるから……?」


「もしそれでも『消えたい』と君が乞うのなら、泣き虫な君を『否定』しよう。

君にはきっと、笑顔が似合うだろうから」


そう言って左手で拭われた涙と、すこしだけ触れた温かさにまた、4番目は雫を落とす。



「……でも、僕は忘れちゃうよ。そうしてまた、僕は世界に【失望】する」


「それでいい。それがいい。それが君の在り方ならば。

誰も【失望】(君)を、『否定』しない」



右手も左手も離され、名残惜しく思うも頭にぽんと置かれた右手の温もりに、またうっすらと涙が溜まる。


だけど別れは必然で。

突如として現れた霧が4番目の体を包み込む。


ふと離れる温もりに、顔をあげ目を合わせた4番目は言葉を紡ぐ。



「僕は世界に【失望】する」

「ああ、それでこそだ」



優しく笑うマスターの声が、耳にひっついて離れない。


心地よいコーヒーの匂いと、マスターの笑顔が。これでもかと侵食してくるものだから。



ああ、忘れたくないなと。







目を開ければそこは霧の世界で。


まだ少しぼんやりする頭で、唯一わかるそのことだけは。



「……やっぱり、君が僕を世界につれ出したんだね、【迷蓮】(めいれん)」

「………。」



目の前に佇む小柄なその子供に。
されど妖しく沈黙なる子供に。



「あのね、僕、ぜんぜん思い出せないんだよ。君のせいで。なにもかも」

「………。」



びくりと震える迷蓮の体。

しかしその容姿ではふざけているとしか思えない。


ひょっとこのお面を被り手拭いもちゃっかり巻いていて。

顔を隠すものだから、表情も読み取れない。


長い黒髪を後ろに白紐で1つに結い、陰陽師のような白装束を。

いや、上だけは何故だか紅色に染められた装束だから、紅装束か。


まともと思えないその格好を自然としているのは、世界がそれを受け入れているからなのか。


解(げ)せない。



「ひどい話だよね。君はそうやって僕の今までを失くしてしまうんだから。

まるで霧がかかったみたいに、僕は記憶が曖昧で。いっそのこと全てを忘れさせてくれればいいのに。

なのに君は、枠だけ残して形はそのまま消してしまう。忘れたくとも忘れさせてくれない」



淡々と紡ぐ4番目の言葉に、ひょっとこ子供、もとい迷蓮が顔をうつ向かせる。


もっとも、ひょっとこ面のせいで顔は見えないのだが。


「……でも、それでいいんだ」

「……?」


「君がそうやって、『僕は何かをしていた。だけど何かが分からない』状態を造り出してくれるから。

だから僕は【失望】できる」


「!」


「ああ、違うよ。別に思い出したわけじゃないから。さっきまでどこに居たか分からないけど。

それでも、強すぎる思いは残るもんなんだね」



マスターの存在すら忘れた4番目だが、それでもあの温もりは消えない。

消すことすら出来まい。



「【失望】(僕)がいるから世界は廻る……か。一体誰の言葉なんだろうね」


「………。」


「でもまあ、いっか。それでこそ僕なんだから。それでこそ、僕は僕らしくいられるから。

だから、」



そうして天を仰ぐ4番目に、ふと見とれた迷蓮(めいれん)は思考を巡らす。


『これだけは忘れさせまい』と。




だから、


「僕は世界に【失望】する」


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