こんなに長く飛行機に乗ったのは初めてじゃないかと思う。飛行機が斜めに旋回しながら着陸する時眼下広がった白い砂浜と青い海の始まりを見ると、石岡の憂鬱は吹っ飛んだ。
「スゲー・・・」
はしゃいだ子どものように窓に額を押し付けて、森川と穴瀬を振り返り
「綺麗ですよ、すっごい、綺麗!!」
必要以上に元気のよさを装う。それが、この二人が自分に求めている「イシオカ」だと思うからだ。森川が笑う。こうして穏やかに笑う森川が石岡はとても好きだ。仕事の事になれば時に厳しい事もあるけれど、ランチに誘ってくれる時や穴瀬と共に夕飯やお酒に誘ってくれる時、彼はいつもこうやって、年の離れた弟を可愛がるように石岡に接してくれる。
青い空の下にいれば誰だって、大きな声で笑いたくなるものだと、この景色の中ではっきりとそう思う。どこか居心地の悪い気がした三人の旅の始まりも、この空の下でなら、と思う。ハーフパンツをはいた石岡は元気よくボーディングブリッジへ飛び出して行った。その小さなトンネルは石岡の未来のどこかに通じている。社会人になって初めての夏休み。少なくとも、そこへ。
中日(なかび)の忙しい日は石岡の運転、半日で済む今日は森川が運転するという。空港で借りたレンタカーでソテツの海岸道路を走る。そろそろお腹がすいたと誰かが言い出して、洋食にするか定食屋のようなところがいいかと騒ぎながら、ビストロのような、雰囲気の良いレストランに停まり昼食を取った。非日常的なレストランの濃茶の枠の窓から、どこまでも青い海が見えた。
「綺麗だなあ・・・」
穴瀬が窓の外を見やりながら言う。独り言のように、でも確かに彼の前にいる二人に向かって。穴瀬は、眩しくて目を細めているのだろうか、それとも、見えないものを見ようとして目を細めているのだろうか。立ち上げた前髪と賢(さか)しそうな額。スーツを着ている時はその髪型も額も実際の年齢より上に見える気がするけれど、こうして白いポロシャツを着た彼は少し若く見える。
そして、穴瀬の隣に座った森川が見ているのは、窓の外なのだろうか、それとも、窓の外を見ている穴瀬なのだろうか。
「ほんとにね」
そう答えた森川を一度振り返った石岡は、でも、森川が見ているものを確認できないで、また窓の外を見た。どこまでも、本当にどこまでも、青い海。あの海の底に揺らめく幾千幾万の命はあの青さの底に沈んで海を眺めているここからは見えない。美しい海の底に泳ぐのは、どんな美しい魚なのか、どんな怪物めいた魚なのか。そして、石岡は思う。そこに何がいたとしても、青い海はただ、美しいし、それでいいのだ、と。