お前のことを考えてた。そうだよ。
けしてそらしたりしない、石岡の目が穴瀬を見つめている。その目は、悲しそうでもあるし、嬉しそうでもある。穴瀬の心の中を見よう、見ようとして見ることができない哀しさを湛えた目。そして、彼を見つめ続けることに喜びを感じている目。
「穴瀬さん?あのね、もう、いいよ。」
「何が?」
「もう、十分。それだけで、十分。」
「だから、何が・・・?」
「・・・俺、今日、来て良かった。穴瀬さんが、俺の事、ちゃんと考えてくれてるんだなって分かっただけで。面倒くさいって言ってたのに、穴瀬さん、俺と付き合ってくれたんだもんね。本当は、それだけでもスゴイんだから。」
石岡は真っ直ぐ過ぎる目で穴瀬を見つめる。
「俺が、考えるよ。面倒な事を持ち込んだのは、俺だもんね。俺が、けりをつけるよ。だから、穴瀬さんは何も考えなくていい。これ以上、俺のことで悩んだりしなくていいよ」
石岡は笑っている。つらそうに。でも、確かにその口元は微笑んでいた。
石岡は、穴瀬から目をそらすと、少しの間静かに佇んでいた。穴瀬の言葉を待っていたのかもしれない。でも、穴瀬は何をどういったらいいのか、分からない。そして彼の表情もけして饒舌ではない。
部屋も大分片付いたからそろそろ帰るね、というようなことを言って部屋を出て行った。最後に、また電話するよ、言った。その声はいつもデートの最後に彼が言う口調だった。階段をきしませながら石岡が下りていく。大きな声で穴瀬の母親に挨拶をする声が聞こえた。台所から玄関に走る足音。母のヨソイキの声。古い玄関の扉が開いて、閉まる。
これでいいのか?
ビデオテープの文字を見つめて穴瀬は自分に問う。中学生だったろうか、この文字は。
これで、いいのか?
二人の事を、彼だけに押し付けて、その答えを自分の答えにして、それでいいの?本当に?
穴瀬はビデオを段ボール箱に投げるように置いて部屋を出た。ドアの下に石岡が履いてきたスリッパがあったのを踏みつけて、階段を大きな音を立てて降りていくと母親が台所から大きな声を出した。
「ちょっと!!もう少し静かに降りなさいよ!!??いつも言ってるでしょ???」
いつもじゃないよ。最近は静かだった。かあさんがいつもそうやって怒鳴っていたのは、俺が小学校の頃だよ。
アルミ製の門扉が門柱に当たって大きな音を立てた。門を飛び出して、坂の下へ転がるように走って行く。大きな通りの手前で、紺色のピーコートに手を突っ込んで少し背を丸めるようにして歩いている石岡を見つけた。
「石岡!!!いしおか!!!」
振り向いた石岡が一瞬驚いた顔をして、そしてとても嬉しそうに笑顔を見せた。少し眉毛を寄せたその笑顔はいつになく大人っぽい。
「いしおか・・・」
息せき切って穴瀬は呼吸を整えながら伝えなければいけない事を頭の中で繋げる。
「穴瀬さん・・・。」
「二人の事だから・・・」
「・・・うん。」
「二人で考えよ・・・う?」
「・・・・うん?」
「俺も、考える・・・から。」
「・・・穴瀬さん?」
「ちゃんと、考えるから。・・・な?」
「・・・うん。ありがとう。」
「簡単なんかじゃ、ないよ?面倒くさいよ。」
「うん。そうだよね。本当に。」
「だけど、面倒くさくても、お前とって、思ったから、だから、こうなったから、」
「うん。うん。」
「面倒くさいけど、考えるよ。この先どうしたらいいのか、ちゃんと」
「う・・・・」
石岡が、泣いている。男泣き、とかじゃない。大人の男が泣いている姿を穴瀬は生まれて初めてみたような気がする。
「泣くなよ・・・」
「うん。」
「なぁ?」
「うん。」
石岡はいつまでも拳の表と裏で目元を擦っている。しゃくりあげている男をどうしていいのか分からず、穴瀬は苦笑いをして頭を撫でた。
「な?」
「・・うん・・・うん・・・」