穴瀬は自分でも意外だったが、ドライブのデートというのは生まれて初めてだった。誰かとデートするようになったばかりの頃は自分も相手も車の免許はもっていなかったし、大学時代は車より電車が多かった。その後に続いた恋愛はとても長かったけれど、二人でどこかに出かけたりするより艶っぽい食事をするばかりで、年に一度位ちょっとした旅に出かけた先で車に乗ることもあったけれどドライブではなかった。
ファーストフードのドライブインで朝限定のハンバーガーと飲み物を買った。石岡のハッチバックの車にハンバーガーとポテトの匂いが充満している。穴瀬は時折ポテトをつまんで、石岡の方に差し出したりポテトを数本手に石岡の口に放りこんでやったりした。
たった二人きりの空間にいるのに、石岡が穴瀬を見つめていないというのは新鮮だ。石岡はいつも穴瀬の前に立ちはだかるように彼を見つめて彼を抱きしめて放さない。息が詰まるほどの彼の愛情を穴瀬はいつも息苦しくなって背くように石岡の胸を押してしまう。目をそらしていれば石岡はそれを追うように穴瀬の顔を覗き込んだ。そして照れる事無く言う。穴瀬の心も身体も欲しいと。
緑色の看板を追って追い越して石岡は時折鼻歌を交えながら機嫌よく車を走らせた。中空を走るような高速道路の右に左に、ビルも看板も学校もお堀も逃げるように後ろに去って行く。先ほど石岡が追い越したカップルの空色のハッチバックが石岡達の車を追い越して行った。宅急便の車を追いかけるようにカーブを切って白いセダンに追いつく。毛足の長い犬が外の景色を飽きもせず眺めている。子ども達が後部座席からピースサインを送っている。穴瀬がピースを返そうかどうしようか迷っているうちに、石岡はセダンを追い越して行った。石岡が車線を器用に変更しながらサービスエリアへとピットインした。
男子トイレの前に設けられた喫煙スペースを避けるようにしてデッキの白いプラスチックの椅子に座った。こんな所にまであるシアトル系のコーヒーショップのテイクアウトのカップを二つテーブルの上に置いて穴瀬は石岡を待った。トイレを出て渋滞情報のパネルの前に行った石岡はまだ戻らない。まるでトミカのように車が綺麗に並んでいるのを穴瀬は少し眠い目で見ていた。カップルや家族連れやら老夫婦が車の左右のドアを開けて出てくると二つの川が合流するように寄り添って穴瀬が座っているデッキの方へ小さな波が押し寄せてくるようにやってくる。そして、デッキの際まで来ると波が弾けるようにして、トイレに向かう人が居たり売店に向かう人が居たりして、またプツプツとあわ立つように人が寄せたり返したりするのだった。自分と石岡が車を降りてきたときにも、ここに座っていた誰かが、二人が寄り添って波寄せるのを見ていたのだろうか。その人の目には自分たちはどんな風に映っていたのだろう。
プラスチックの椅子を引いて、石岡が穴瀬の横に座った。
「ありがとう」
石岡はおざなりではないお礼を言って紙カップを手にした。少しの間二人はそこに座って紙カップのコーヒーを飲んだ。石岡はいつになく穏やかに穴瀬の横にいて寄せては引き波立つ駐車スペースを眺めていた。