どうしたらいいのだろう。優しくしたい、傷つけたくない、それなのに石岡は想いを伝えようとするといつも心が急いて手荒くなる自分を止められない。分かっている。自分は彼を強く抱きしめすぎる。穴瀬が苦しいと言うまで離す事が出来ない。本当は苦しいと言われても離したくなくて、力を緩めた腕(かいな)にとどめておきたいのに穴瀬はそれすらも許してくれない。

そして、自分の腕から逃げようとする彼を見るたびに、切なくて焦って不安になって、逃がしたくないと思う気持ちが余計に強く穴瀬を縛りつけようともがく。悪循環だ。

穴瀬はどんなふうに抱かれたいのか、それを考えて抱けばいい。ただそれだけのことがどうして出来ないのだろう。

(森川さんみたいに、オトナだったらよかった・・・?)

どうしたら出来るだろう。いつか穴瀬に嫌われてしまう前に、そう思うのにできないことを。


「よく出来てる。仕事にまで影響が無くて助かるよ・・・」

頼まれていた資料を渡し、森川が確認しているのをぼんやりと眺めていた石岡はふと我に返った。森川が唇の片端だけをあげるような苦笑いをしてパスンと資料の束を叩いた。

「考えてもうまく行かない事もあるよ。穴瀬のことでしょ?浮かない顔して」

何もかもお見通しで返す言葉がない。

「いつでも聞くよ?」

そう、優しく言う。

「あなたにだけは話しません。」

「つれないねぇ」

石岡は意地になってしまう。森川が優しい顔を見せれば見せるほど。いつまでもこの人に追いつけないのだと思い知らされてしまうのが嫌だった。

「浮かないカオ、してますか?」

「してるよ。」

「俺、幸せそうじゃない?」

「さあね。辛くても幸せな事もあるだろ、きっと。」

「そうかな?」

「あるさ。今の俺がそうだよ。」

「・・・森川さんが?」

「ん。ま、俺のことはいいさ。」

森川はパソコンに向かって仕事を始める。石岡が森川に背を向けてドアノブに手を掛けたとき、森川が言った。

「ドライブでも行ってみたら?」

森川はパソコンを向いたままだ。

「向き合ってばかりいないでさ。」

森川の横顔が窓からの光を逆光に受けている。ほんの少し石岡を向いて微笑んだ後、仕事に集中し始めた森川はもう石岡を振り向かなかった。