皺になったシャツを着るたびに、比べるつもりも無い人を思い出してしまう。その人はいつも、ゆっくりとボタンを外した。ひとつひとつ、マニュアルを確認するように穴瀬に口付けてはボタンを外し、ボタンを外しては穴瀬に口付けた。そしてカフのボタンを外しながら、穴瀬の人差指の第二関節にキスをした。左、右、と。いつも間違いなくその順番で。ワイシャツを肌蹴て椅子の背や、ソファや、サイドテーブルや、目がもうひとつあるように丁寧にどこかに置いて、穴瀬を愛撫しながらいつも頭のどこかでこの愛撫の果てのその先を見ている。
ワイシャツの皺は石岡の性急さが綯う愛のロープだ。そのシャツを着るたびに、穴瀬は胸を縛り付けられる。腕も、腰も、膝も、動けなくなるほど縛り上げられて苦しくて、逃げ出したくて、もがく。「おねがい、もう、やめてくれ」そう言ったら、このロープは緩むことがあるだろうか。
「穴瀬さん」
上半身裸の石岡がTシャツの両腕だけ入れてベッドに座ってこちらを見ていた。
「ん?」
「穴瀬さん、まだ怒ってる?」
「・・・。いや。怒ってないよ。」
「でも、眉が寄ってる」
「あ?あぁ・・・いや、別に。」
(シャツが皺だらけだな、って思って・・・)
でも、穴瀬は口に出さない。シャツの第二ボタンを止めると、丸まったセーターを手に取った。皺だらけのTシャツを着た石岡がまだ穴瀬を見つめている。セーターの裾を捌きながら石岡を見返すと、石岡は照れくさそうに笑った。
「ワイシャツの穴瀬さんもかっこいいけど、そういう格好の穴瀬さんもいいね。」
「そう?ありがとう。どっちのが好き?」
「うーん、そうだなあ。裸の穴瀬さんが一番好きだよ。」
「答えになってないね。」
石岡は笑って言う。
「俺ね、いつも穴瀬さんがワイシャツを着てネクタイを締めて鏡を確認する時ゾクゾクすんの。せっかく着たワイシャツとネクタイ、もっかい脱がしたいって思う。でも、そういう格好の穴瀬さんも、いいよ。服着たまま、したい。」
穴瀬は、石岡が言った言葉の途中からはもう聞こえていなかった。
『俺、それ、好き・・・。その、ワイシャツを着た後にキスマークを確認するところ。』
穴瀬はそう言って微笑んでいた男を思い出す。そして彼が必ず残した痕跡を。癖になった確認作業が、本当は何を意味していたのか、石岡は知らない。そして彼は無邪気に、その姿が好きだと言う。