「どこ、行ってたの?」
森川が寝返りを打って、石岡と目が合った。
寝ていると思っていたのに、石岡はその唐突な問いにほんの少し戸惑ってしまう。
「あ、森川さん、起きてたんですね。おはようございます。海、行ってました。朝日が昇るところを見て来ました。」
「そっかー。なんだよ、起こしてくれたらいいのに。」
「だって、森川さん、よく寝てましたよ。」
森川がぐうっと背伸びをしてベッドの上に半身を起こした。朝日を背に受けた彼の裸体がシルエットのように浮かんだ。森川は男から見ても確かにかっこいいと思う。
(穴瀬さんは、この人に、この腕に、抱かれているのだろうか)
その問いはもう何度も石岡の頭を過(よ)ぎって来たものだったけれど、その朝、その問いはこれまでとはまったく違う意味をもって石岡を縛り付ける。森川のたくましい腕や肩や胸は急に生々しさを帯びて、彼の胸を締め付けた。
「いしおか?」
森川が彼を呼ぶ。石岡はいつものように素直に返事をすることができずにただ森川を見据えた。
「おまえ・・・」
森川がベッドの端に座りなおして石岡を見つめ返した。
「どうした?なんか、あった?」
森川は怖い。何もかも分かっていて、こんなふうに優しく石岡に接してくる。石岡がいま何を考えていたのかも、きっと分かっているくせに。
ちがう、そうではないと分かっていた。石岡の穴瀬に対する気持ちに森川が気付いていたにせよ、たったいま石岡が思っていることまで魔法のように分かっている訳はなかった。ただ、石岡は、自分がどうにかしたいと思っている相手がこの男に抱かれているのかと考えて胸が辛くなっているのに、その人に気遣われている自分はなんて情けない奴なんだろうと思うから切なかった。
敵うわけがない。
悔し涙だった。どうしようもなく、堪えることができずに、涙は石岡の頬を零れて落ちていく。ポタリ、ポタリ、と石岡のビーチサンダルの足に二粒あたって、石岡はぎゅうっと握り締めた拳で、溢れる涙を拭った。