大きなテラス付きのダイニング・ホールで食べる南の島らしい食事。ハワイの郷土料理と言われているロコモコを作れるハンバーグプレートとライス、スープと小さなサラダにはパパイヤの刻んだものが入っている。
遠くなり、近くなる潮騒。暗闇に揺れる狐火のような蝋燭。旅の始まりの興奮が冷めやらぬ石岡がガイドブック片手にはしゃいでいた。半分食べ終わったハンバーグを、半分食べたライスのボウルに乗っけて、今、端に除けておいた目玉焼きをそうっとボウルに乗せようとしているところだ。ほんの半日で焼けた腕、頬、額の赤さを暗闇に溶け込ませて森川は、木製の椅子の背もたれに寄りかかったり、前かがみになったりしながら、大きく切ったハンバーグを、大きくすくったライスを頬張りながら、石岡とガイドブックを睨んだり、そのガイドブックを穴瀬に見せたりしている。穴瀬はロコモコにしたライスのボウルを大きな手に乗せて、殆どずっと同じ姿勢で、二人が決めていく翌日と翌々日の予定に耳を傾けていた。
カップルと家族連れが彩るダイニングを三人連れ立って出る。少し海辺を散歩しようと穴瀬が言い出して、ペンションの小さなフロントで貰った地図をあっちを上にこっちを下に回しながら、灯りの少ない道路へと出て行った。石岡が一人、前を歩いたり、後ろを歩いたり、穴瀬が一人取り残されるように付いてきたりする3人の夜の散歩は、ビーチまでたどり着いてテトラポットの山に突き当たるとまた来た道を戻った。暗い闇の側から歩いてくると、白っぽいペンションの壁が奄美の夜にぷかりと浮いていた。
小さな灯りがいくつかと非常灯を残して蝋燭が消えたダイニングを通り過ぎる時、大きな窓の向こうにテラスと海が見える。石岡はその薄い闇の中に、先ほどまで自分たちが夕食を取っていた席を捜し、なぜだかそこに置き忘れたものがあるような気がして仕方がなかった。それは、何だろう。思い出?そう、きっと、絶妙なバランスで成り立っている三人の、危なっかしい愉快さ。永遠に続けばいいのに、どこか、いつか壊れてしまう事を分かっているような(あるいは望んでいるような)危なっかしさ。
穴瀬が左手を少し上げて、あの笑い方で笑う。
「おやすみ」
穴瀬が低い声で言った「オヤスミ」が、ペンションの静かな廊下に少し響くように聞こえた。部屋の中から森川が石岡を呼んで、石岡が部屋に入ったとき、穴瀬が閉めたドアの音が聞こえた。