極上ラブ ~ドラマみたいな恋したい~


「龍之介、お腹空いてるんでしょ? 夕食食べに行こうよ」

「確かに腹減ったとは言ったけど、誰が夕食を食べに行くって言った? 菜都、お前を食べるの」


お前を食べるって……。そんな真面目な顔をして、冗談言わないでほしい。


「龍之介、ちょっと落ち着いて。いくらこの部屋にふたりっきりといっても、今は社員旅行の最中だし。長い時間私たちが行方をくらましているのは、どうかと思うんだけど」

「大丈夫。その辺は、清香がうまくやってくれるだろう。あいつ、気が利くし」


……そういうことじゃないし。


なんて考えてる間にも、龍之介は私との距離をジリジリと縮めてきていて。


小さく丸めている身体に触れると、耳元に顔を寄せた。


「もう諦めろよ。それとも菜都はもう、俺に抱かれたくないとか?」


そんな憂いを帯びた声で、囁かないでほしい。


好きな人に抱かれたくないなんて、思うはずないじゃない。


いつだってそばに居てほしい。愛されてるって感じたい。


そう思うのは自然なことで。


往生際悪く裸体を見られないように隠してたけれど、私の身体はもう龍之介に抱かれる準備は整っていた。


恥ずかしいけれど……。


そのことを認めてしまうと、両手で胸を隠し小さく丸めていた身体を起こす。


そして右手を龍之介に向かってゆっくり伸ばすと、彼の左手に指を絡めた。



「これは罪の償い?」


違うとわかっていて、つまらなことを聞いてしまう。


「違う。愛の証だ」


迷わずそう答えた龍之介は、私の身体をベッドに押し倒す。いつになく真剣な顔をしている龍之介に、少し怖いくらい。


しかしそれは、このあと起こるであろう出来事を想像すれば、すぐに幸せへと変化してしまう。


「菜都、愛してる」


その言葉とともに落とされたキスは、ただ甘いだけじゃない。隙間からスッと入り込んできた龍之介の舌に口内を刺激され躊躇していた舌を絡めとられると、お互いの甘い唾液が混ざり合う。それはアルコール度数の高いお酒を飲んだ時の、あの燃えるような熱さを私の身体にもたらせた。


口から漏れ出る甘い吐息。いつもなら恥ずかしいと思うそれさえ、止めることができない。


私の反応に気を良くしたのか、龍之介は激しさを増していき、キスを深いものへと変えていく。


快感と息苦しさに身を捩ると、何度も啄みながら唇を離した。


「さっきまでこうなることを拒否してたのが、嘘みたいな反応だな」


からかうような言い方に唇を尖らせば、瞬時に耳朶を食まれ文句のひとつも言えなくなってしまう。


私の身体を味わうように動く唇と舌。ゆっくりじっとりと首筋を這わせ、鎖骨に辿り着くといきなり歯を立てた。

でもそれは子犬がじゃれて甘咬みするのと同じで、私に痛みはもたらせない。ただその部分から、身体中に快感を駆け巡らせる。


唇で。舌で。指で……。


隅々まで愛された私の身体は、まるで真夏の日差しに溶かされたアイスのようにトロトロだ。


「龍之介……好き……」


思考力が低下してうわ言のように名前を呼び、気持ちを伝えれば。


龍之介はそれまで以上の悦びを、私に与えてくれた。


今私は、身体も心も龍之介の熱い想いに埋め尽くされている。


それはこの旅行が始まった時から消えることのなかった不安を消し去り、龍之介のことを信じたくても信じられなかった気持ちを、強固なものへと変えていく。


あまいと言われればそれまでかも知れない。そんな簡単に彼のことを許してもいいの?って……。


今目の前で私のことを愛おしそうに抱きしめ、愛の言葉を囁く龍之介のことを、私が信じなくて誰が信じるというの?


それにこれからは一緒にいる時間が増えて、彼に反省を促すチャンスはいくらでもあるはず。そう思えば、楽しみが増えるといいものだ。


思わずクスッと笑みが漏れてしまうと、龍之介が怪訝そうな顔をした。


「この状態で普通笑うか? …ったく、ホントお前ってバカだよな。バカで可愛い。一生手放してやらないから、覚悟しておけよ」


バカで結構。そう言う龍之介、あなたも相当な馬鹿なんだから。私だって一生離れてあげない。


そしてお互いに止められなくなった気持ちを何度も何度も求め合い愛しあい、夜は深くなっていった。

時計を見ると、すでに十時を過ぎていて……。


社員旅行二日目の豪華な料理はもう片付けられてしまっただろうと肩を落とすと、同時にお腹がギューッと音を鳴らした。


それにしても、龍之介には困ったものだ。


彼が底なしに絶倫なのは知っているつもり。それに好きな人に抱かれるんだもの、私だって嬉しいしそれにできるだけ応えたいと思ってはいる。


でも今日は普段と状況が違うわけで。営業所の皆、そして本社の営業部の人や秘書課の面々も一緒の社員旅行の最中であって。


そんな時にいくら別棟だからといって、あんなことやこんなことをしちゃってもいいものなの?


なんて考えていたら、ついさっきまでしていたことを思い出してしまい顔に熱さを感じると、バサッと掛け布団を頭の上まで被った。


ダメだっ!! 恥ずかしくって顔は火照っているのに、顔はニタニタニヤついてしまうなんて……。


おいっ私っ!! どんだけ好き者なのよっ!!


これじゃあ龍之介のことを、“絶倫”なんて言ってられないじゃない!!


布団の中で一人悶えてじたばたしていると、掛け布団が一気に捲られ視界から消えた。


「布団の中でもそもそ動いて、ひとりで何してたんだよ?」

「おぉっ!? ちょっと何するの。布団返してよっ!! それに、ひとりで何かしてたみたいな言い方しないでくれる?」

「違うのかよ?」

「違いますっ!!」

龍之介から無理やり掛け布団を奪い取り、それを身体に被せると龍之介をキツく睨みつける。でもそんな私の些細な抵抗は、龍之介に効き目なんかなくて。


フッと小馬鹿にしたように鼻で笑うと、布団の中に入り込んできた。





「シャワーしてきたんでしょ? 私まだだから、くっつくと汗っぽいかも」

「いいよ、そんなこと。また一緒に露天風呂に入ればいいんだから」


いやいや、それが一番危険なようなきがするのは私だけ?


と言うか、もうすでに危険な状態にある私の身体。思わず身体を縮こませてしまう。


「さすがに今日はもうしないから安心しろ。まぁ菜都がどうしてもって言うなら話は別だけど」


ニヤッと笑い私を覗きこんだ龍之介に、慌ててブルブルと顔を横に振ってみせる。


「そっか、残念。でもまぁ、これからはずっと一緒だからな?」

「う、うん」


肩を抱かれ髪を撫でられると、スーッと身体の力が抜けていく。


身体を預け龍之介の顔を上目づかい見れば、今日一番の笑顔がそこにあった。


「この笑顔は、爽やか堤所長?」

「またかよ。……菜都さんは、そんなにこの僕が好きなんですか?」

「初めて会った時は、本当に素敵な人だと思ったよ。けど……」

「けど? なんですか?」

「……どちらも龍之介なのはわかったけど、意地悪で勝手で俺様な龍之介の方が龍之介らしいというか」


まさか自分が責められるのが好きだったなんて、口が裂けても言えなくて。


「なんかスゴい言われようだけど。まぁとにかく、俺のことが好きで好きでしょうがないってことだよな?」

「そういうこと……かな?」


俺様でどうしようもなく勝手極まりない龍之介のことが、心の底から好きみたいです。






社員旅行三日目は観光地以外にお土産センターなどを回ると、予定の時刻通りに営業所へと到着した。


バスから荷物をおろし、本社の人たちと挨拶を交わす龍之介。


私も清香さんと目が合うと微笑み合い、頭を下げた。


と言うか、彼女には頭が上がらない。


  *  *  *


今朝龍之介の隣で目が覚めると、彼を起こさないようにベッドから出ようとして失敗。


「俺を置いて、どこ行くつもり?」


その声に驚いて振り向くと、今まで寝ていたはずの龍之介がスッキリとした顔で私を見ていた。


「嘘寝してたの?」

「嘘寝? 人聞きの悪いこと言うなよ。菜都が勝手に寝てたと思ってただけだろ」


飄々とした顔でそう言ってのけるのは、当たってる証拠。


あぁ~早く目が覚めてよかった。そのまま寝ていたら、また二日前の朝と同じ運命を辿っていたに違いない。


社員旅行先で朝から……なんて。夜ならいいってことでもないんだけれど……。


とにかく恥ずかしすぎて、未歩ちゃんに会ったらなんて言おうか困ってしまう。


私の腰にしがみついている龍之介を何分か掛かって剥がすことに成功すると、急いで服を着て部屋を飛び出した。


この時間なら、誰かに会うことはまずないだろう。それでも慎重に、曲がり角ではスパイよろしく人がいないか確認しながら、未歩ちゃんがまだ寝ているであろう部屋の前に到着した。

ドアノブに手をかけ、音を立てないようにゆっくりと回しかけたその時!!


「菜都先輩、待ってましたよぉ~」


勢い良くドアが開くと準備万端の未歩ちゃんが、ニヤリと恐ろしいほどの笑みを浮かべて立っていて。


それから小一時間、彼女に尋問を受けたのは言うまでもなくて……。


ほとほと疲れて朝食会場に足を踏み入れれば、そこにはいつもと変わらぬ同僚や上司の面々が楽しそうに朝のひとときを過ごしていた。


私はてっきり、昨晩のことを聞かれると思って身構えていたというのに。


「おっ、なっちゃんおはようさん。昨日は大変だったなぁ、ご苦労さん」


配送主任の宮本さんにそう声を掛けられて、ポカンと口を開けて立ち止まってしまう。


昨日は大変だったなぁ……。それって何? 昨晩のことを何か知っているの?


弘田さんのこと? それとも……。


龍之介の姿を探しても、まだ寝てるのかどこにも見当たらなくて。


ひとりなんて答えればいいのかアタフタしていると、拓海くんが近づいてきた。


「菜都さん、おはよう。昨晩、弘田さんを駅まで送ったんだって?」

「え、駅? 私が弘田さんを?」

「あれ? 調子が悪くなった弘田さんを菜都さんが見つけて病院に連れて行ってから、先に帰ることになった弘田さんを堤所長と駅まで送ったんじゃないの?」


そこまで聞いて、やっと事の次第を理解した。



そうか。これが龍之介の言っていた、『その辺は、清香がうまくやってくれるだろう』ってことね。


きっと清香さんが、うまく話をしておいてくれたに違いない。


清香さんが座ってるであろう場所を見れば、小さくピースサインを出してウインクしている彼女を発見。


やっぱりね。


弘田さんの件についてはこれで終わりではないだろうけれど、社員旅行中に大事にならなかったことにほっと肩をなでおろす。


「菜都さん? どうしたの?」


そんな私を見て、拓海くんが不思議そうな顔をした。


「あっ、ごめん。何でもない」

「それにしても、なんで堤所長なんだよ。俺を呼んでくれればよかったのに」

「あぁ、えっと、それに関しては……」

「西野、それは無理な相談だな」


背後から聞こえた声と肩に回された腕に、ドキンッと鼓動が波打つ。


「龍之介……じゃなくて堤所長。えっと、この腕はちょっとマズイんじゃないでしょうか?」

「何が?」


何が?って……。目の前の拓海くんはともかく、上座の方に座ってる本社の人や上司たちの視線が、こちらに集まってるでしょうがっ!!


表の顔は笑顔で、でも裏側は鬼の形相をして龍之介の腕を離そうとすれば、その手を払いのけられて強く抱きしめられてしまった。


「ギャッ!!」

「ギャッてなんだよ。菜都は俺のもんなんだから、どこで抱こうと関係ないだろ。ということだ西野。お前には悪いが、市川菜都は俺の女だからちょっかい出すなよ」


龍之介の口から突然発せられた“俺の女”宣言に、拓海くんだけではなく大広間にいた人全員が言葉を失ったのは言うまでもなくて。








そんな龍之介の身勝手な行動で、その後の大広間はてんやわんや大騒ぎ。


それを沈めてくれたのも、清香さんで……。


  *  *  *


やっぱり彼女には、頭が上がらない。


彼女には、後日龍之介と一緒に会うことになっている。


清香さんと龍之介の話ももう少し詳しく聞きたいし、彼女の今後のことも気になるしね。


本社の人たちとあいさつを終えた龍之介が、清香さんに気がついて彼女に近づいた。


ふたりの間には何もない。そうわかっているのに、ふたりが並ぶ姿があまりにも似合いすぎて胸がズキンと痛む。


清香さんに好きな人がいなかったら、龍之介と清香さんは付き合っていたのかな……。


そんな思いが私の心の中を支配すると、二人の姿を見ていられなくなって目をそらした。


「おいっ、菜都ちょっと来い!!」


まさか呼ばれるなんて思ってなくて、反射的に身体が跳ねる。


今は近くに行きたくないんだけど……。


それでも龍之介に逆らうことなんてできなくて、渋々ながら足を進めた。


「何ノソノソしてんだよ。って言うかお前、また何か余計なこと考えてたとか?」


ギクッ!! なんでバレてるのっ!! 


でも「はい、そうです」なんて言えるわけなくて俯いていると、清香さんがクスクスと笑い出した。


「もう龍之介さんったら。女の子には、ううん、好きな女の子にはもっと気を使ってあげるべきよ。女はね、どんな些細な事でも好きな人のこととなると、心配でたまらなくなるんだから」


その言葉に顔を上げると、「あっ。でも今その原因を作ってるのは私かっ」なんておどけてみせる清香さん。


やっぱり彼女には敵わない。


「菜都さん、今回はいろいろごめんなさいね。龍之介さんとお幸せに」


いつもの素敵なウインクをしてみせると、清香さんはバスの中へと戻っていった。