学校から帰った紫は、いつもとさして変わらず、普通にただいま、と言い、化粧を落とし、いつもの恰好――キャミソールとショートパンツしか身に付けない真夏の恰好――をして、瓶ごとワインを飲んでいた。細長い手足を無駄に露出した姿で。
 諒は、ソファベッドに横になってぼんやりしている紫に前開きのスウェットパーカーを渡す。もともとは諒のものだったがいつの間にか紫のものと定着したグレイのスウェットパーカー。
疲れた、と諒が訊くと、別に、とそっけなく返事が返ってきて背中叩いてくれる、と言われた。
 紫をうつ伏せに寝かせ、諒はその細い肩から背中を指圧する。
スウェットの帽子が邪魔だったので、紫に被せて、両肩から肩甲骨、そこから背骨に沿って――あまり力を入れすぎないように気を遣いながら――押してゆく。
「…痛くない?紫さん」
諒の言葉をあっさり聞き流し、諒はさ、と紫はふいに尋ねる。
諒は高校へは行かないの?
「今日担任の先生と色々喋って思ったんだけど――あの先生いい人ね、教師にしてはめずらしいくらいだわ――ね、今から勉強すれば高校に行けない訳じゃないって。無理強いはしないけど、私はせっかく先生がそう言ってるんだし行ってみてもいいんじゃないかなって思うのよ」
紫の背中を黙ってさすりながら、諒は黙って聴いていた。
「……でもさ」
そう言って諒は少し口を噤んで止まる。
高校へ行くか否かで問題なのは、諒自身の事――例えば、面倒くさいとか、合格するとかしないとか――ではなく、紫に掛ける迷惑や負担、それよりも金銭的な経済問題だ。
学校に通うからには、当然金がかかる。
諒のそれを解った上でか、紫は穏やかに続けた。
「お金の事ならだいじょうぶよ。諒が行きたいなら好きなところに行けるだけ用意してあげる」
だから、だいじょうぶ。
どうして、と言いたかった諒はそのまま――口を噤んだままで――背中をさする。
「私ね」
突然紫は飛び起きて、ソファベッドに座っていた諒と向かい合って言った。正座をしてひどく真面目な表情で。