いいのよ、紫はいつもそうだ。そしてそのあと決まってこう言う。
「諒が喜ぶなら何だってしてあげる」
諒が喜ぶなら何だってしてあげる――と。
 細い肩に重くのしかかった黒いもの。深い憎しみと悲しみ。女性が、独りで孤独やその他のものと必死に闘うというのはどれ程“重い”ものだろう――?
帰りにビール買って来るからたまには付き合ってね、と笑顔で紫は出て行った。
諒だけに見せる、屈託の無い笑顔をもの凄く深い愛情に込めて。
そしてその笑顔は、時々諒を堪らなく切なくさせる。
 別にそれはお前の責任じゃないだろ。
ゆっくりと煙を吐きながらいろはは言う。マルボロのグリーンは以前からいろはが愛煙しているものだ。
近頃、学校帰りにいろはは諒と紫のマンションへ寄る。
いろはこと山吹いろはは諒の1学年上でこのマンションの傍の県立高校に通っている。
諒とはおよそ1年前に知り合った。当時、表で散々暴れていた諒とは正反対で、影を仕切っていた、"オレンジ"は、このあたりではかなり有名な話だった。恐ろしく頭が良く、自分の目的や快楽の為に、沢山の人間を踏みつけてきた。いろははそんな存在だった。
それが、今から1年ほど前に起きた、ある事件を境に親しくなった。その頃、諒は完全に孤立していて――と、いうよりも単独で――いろはは諒の後ろに居た為、特定の人間と親しくなるのは避けていた事だった。
今では、暇を見つけてはマンションに来てふざけて帰る(だから紫とは妙に仲が良い)。
 諒は黙ったまま、500mlのペットボトルに口を付ける。
薄水色のポカリスェット。
「要はお前が紫さんの重荷になるかならないかって事だろ」
そんなの解りきっている。
いろはは長い煙を吐きながら、さて、と立ち上がる。
「あんまり紫さんを困らせるなよ」
玄関に置いたままの鞄を肩に掛け、じゃあな、と諒を見てからいつもの台詞を残して表に出て行く。
…お前がそんな事言うからこっちだって、と内心毒づいて、諒は灰皿代わりの空き缶を流しに持っていく。
そろそろ、紫が帰って来る頃だった。