少し前髪の伸びた、傷んだ髪。その下の、眼、頬、口唇。まるで自分のものじゃないような。
浴槽に足をつける。紫の後は熱いくらいなので諒は蛇口をひねりながら水を足さなければならない。諒は紫と正反対で微温湯を好む。全身を湯に浸からせて、足の指先がちょうど蛇口から流れる水と熱い湯とのあいだに触れる、この緩慢な居心地の良さ。
諒を包む、柔らかいイメージ、温度。
…ここには俺を傷付けるものは何一つ無い。何一つ。
眼を閉じたまま、諒は思う。
女は水に似ている。
水にはかたちが無い。はっきりとつかむ事は出来なくて、でも決められた型に収まろうとする。
柔らかくてそれでいて繊細。壊れてしまうかのようなあいまいな境界線を行ったり来たりしている。
穏やかだけど厄介。
熱を持って熱くさせれば、時に驚く程冷たい。
完全に水と同化したままで、尚も諒は考える。
女性が水だとすれば、その昔、母親のなかで胎児だった頃の自分は水だったのか。
かつて、こうして躰を浮かばせていた頃のように、…僕はもう一度水に還る。

今はしばらく、何も見ないでこのまま、ここでこうしていたい。
半年間、諒は唯、それだけを願ってきた。…ここには諒を傷付けるものが何も無いのだから。
寂しさも哀しみも、孤独さえもが水に還る場所――。
諒はひっそりと苦笑して口元を歪ませる。
それを提供しているのは他でもない異母姉なのだ。