諒の“お片付け”を穏やかに眺めながら、ありがとう、と背中の諒に言う。
紫は嬉しそうに眼を細めている。
ストッキングを脱いで立ち膝のまま、紫は冷蔵庫へ行き缶ビールを取る。
長い睫に縁取りされた大きく切れ長の眼。周囲の男を誘惑する理由を十二分に醸し出している。美味しそうにビールを飲んで、口元を綻ばせれば、誰だって紫の喰いものになるだろう。
 紫は男性関係で困る事が無い。しかし、紫自身は愛される自分を愛しているのであって、そもそも紫のなかで“男性”は単に貢いでくれる人間としか見ていない。
「お風呂入ってくるね」
仕事の疲れを癒す場所は風呂場である、と紫は信じている。
うん、と頷いて諒は窓の方へ行く。
窓の傍のエアコンの下。諒はよろよろと腰を落とし、毛布を巻いた。窓を少し開けているので冷たい風が静かに流れ込んでくる。諒の金髪の髪を揺らしながら、まだ春になったばかりの微妙な気温を感じて。
 それから紫の使うシャワーの音を黙って聞いた。

浅上諒と一宮紫は、れっきりとしたきょうだいである。
正確には異母姉弟なのだがそんな事は今のふたりには関係の無い事であった。尤も、きょうだいといっても、ずっと別々の生活をしていた為に諒が紫のマンションに同居してからのこの半年ようやく姉弟になれただけだ。
実際問題には未だ、触れられる程時間の余裕も精神的安定も無いのだが、当時中学二年生の諒を紫が呼び寄せ、保護者として一緒に暮らし始めた。
荒れた毎日を送っていた諒が落ち着きを見せ、穏やかになったのはちょうどその頃からで、何にせよ紫の影響であった。
紫は諒を救った。
 諒にとって地獄でしかなかった日々の生活から紫は諒に居場所を作り、きょうだいという生活を送る事で苦しみから解放させたのだ。だから他のきょうだいとは少し違う。只のきょうだいでは無い、お互いが近すぎる距離のなかに居るのは間違いなかった。
 諒は窓から外を見下ろし、春の冷たい風を頬に当てた。さわさわと流れる、脱色された、諒の金髪。
4階から下を見ると外の下界から切り離されている印象を受ける。
春のぼんやりとした空気は夜の闇に冷え、ひどく重たいものになっていたが、諒はそのまま風に吹かれていた。

 紫が風呂から上がる頃、諒はいつもの定位置で本を読んでいた。毛布を巻いて寝そべった恰好で。