そして忠実に従う諒は少し自分自身が不思議だった。


季節は冬も終わった、暖かな春。
陽の傾きと夕方の微妙な空気の濃さが諒には小さな切なさと焦燥感を伴って静かに襲ってくるのでこの時間の過ごし方の“独り”は何処かやりきれない。
この春で、諒は中学三年に進級する。
長かった二年の生活が終わり、冬が終わり、ようやく訪れた、穏やかな春。穏やかな生活。
そういえば二年の終了式に家に来たいろはが、奇跡の進級おめでとうさん、と褒め言葉だか悪態だかをついていた。そんな昔の事でもないのに、誰も解らない記憶の深層に埋もれてしまった。
そういえば、高校受験がどうのこうのと紫が言っていたのを思い出す。
別に行かなくてもいいんだ、行けば確実に紫さんに迷惑と金銭的な負担を掛けるだけなんだし――諒は小さくため息をつくとカレンダーを眺めて今日の日付を確認し、コップの烏龍茶を飲み干した。
指先が冷たくなってうっすらと赤くなっていた。



 少し肌寒い窓辺。
諒は足元の毛布を肩に掛けて、さっき見たカレンダーの日付の事を考える。
4月になれば、すぐに始業式が始まる。
今年から真面目に行くか――いい加減、このまんまじゃ何も変わらないしな、等と思いあぐねていると玄関で煩い音をさせながら鍵を開けて紫が帰ってきた。
「諒ってば、居るんだったらちゃんと電話出てよね」
黒いジャケットを抱えて鞄を肩に引っ掛けた紫はそれらを乱雑に玄関に並べ、床に突き刺さりそうに細いヒールのパンプスを脱ぎ捨てる。
へたり込むようにして脚を擦る紫を見る度に諒は、あんなに高いヒールのやつなんて履かなきゃいいのに、と思ってしまう。
薄紫色のブラウスからこぼれるシャネルの香り。
12も齢の離れた諒を養い、一応は世間に名の知れた出版社に勤め、それでも誰に甘える事無く強がって…――女って大変なんだな、諒は玄関の脱ぎっぱなしになっているパンプスを丁寧に揃え、それと一緒に放ったままのジャケットを拾いハンガーに掛ける。勿論、綺麗に埃を払って。
これではまるで諒が紫の親のようだがそれでも仕方の無い事であった。
“きょうだい、ところにより親子関係”――これは諒が紫と暮らし始めたおよそ半年前からの暗黙のルールとして今日まで成り立ってきたものだった。