「終わりなのか…」
直人の脳裏に彼女の笑顔が目に浮かぶ。バイクの後ろに乗せた時の、そして彼女を抱きしめた時の温もりが蘇っていく。
「いやだ…」
初めて直人はそう思った。今までは仕方がないと思っていた。格好をつけていたのだ。少なくとも、男ってやつはそんなもんだと思っていた。でも、今は道端で泣き叫ぶ駄々っ児のように、それがいやでいやで仕方がなかった。気持ちが揺らいでいく…。直人は130Rを抜けて最終コーナー、ストレートへと続くシケインに入ろうとしていた。シケインは意図的に作られた、マシン減速させるためのコーナーである。ほとんどフルブレーキング状態となる。直人はとり乱した心を何とか集中させてブレーキング・ポイントを待つ…。一気にブレーキ、同時にギア・ダウン…。19回繰り返したことを、もう1回やるだけだった。だが、心の迷いが、一瞬、そのブレーキを早く、そして強くしてしまっていた。
「ちっ!」
直人は舌打ちした。スピードを殺しすぎたのだ。タイヤがややロックした感じになって、グリップを失ったリア・タイヤがズルズルと滑っている。もちろん、マシンを立て返すのは楽なことだった。ほんの少しのタイム・ロスだ。しかしその時の直人は違っていた。ロスした時間を取り戻すために、軋むタイヤにかまうことなく、アクセルを目一杯開いた。
”ギャウッ!”
それは一瞬のことだった。
「しまっ…」
グリップを失っていたリヤタイヤが急激に力を得た。今まで滑っていたタイヤが突然地面に食いつき、フロントが浮き上がる。マシンがまるで暴れ馬のように立ちあがって暴れた。必死でマシンを地面に押さえつけようとする直人に、あの米本さんの事故の画像がオーバーラップした。
”倒れたくない…”
ほんのコンマ1秒が、まるで何分かの出来事のようだ。
”倒れるもんか…”
必死の思いだった。なんとかマシンにしがみつこうとする。こうなってしまったら、大幅にタイム・ロスとなっても仕方ない。だが絶対に転倒だけは避けなければ。