掴んでいる手を振り払うこともできたであろう。

しかし、何故かそれをしたくは思わなかった。

まるで、自分を正しい道へ運んでくれているように思えた。力も強くはない。自分の足が勝手に、前の男についていく。

「出るよ」

幾多は、改札機が見えると、手を離した。

そして1人、改札を通るとしばし歩いてから、振り返り、少年に向けて手を伸ばした。

そこからは、無意識だった。

少年は、自らの意思で改札機に定期を通し、差しのべられた腕に向かっていった。

幾多は、少年が目の前に来ると、腕を下ろした。

「場所を変えよう。君の願いを教えてくれないか」

幾多は少年に背を向けて、歩き出した。

「僕にできることなら、手助けをしょう。例え、それが…世間の常識から離れていたとしてもね」

数分後、幾多と少年はとあるカフェにいた。

薄い茶で統一された店内は、和むというよりは、自然のない都会にいることを感じさせた。

「…」

無言でコーヒーを啜る幾多を真正面の席から見つめながら、少年は店員が運んできたカップに手を伸ばすことができなかった。

幾多は、そんな少年を見つめることもなく、外の雑踏に時折目をやっていた。

「あ、あのお〜」

妙な沈黙に堪えられなくなり、少年は口を開いた。

すると、幾多が話し出した。

「君は先程、人を殺そうとした。なのに、君に殺気がなかった。怒りは感じたよ。だけど、その怒りは君自身から発せられるような感じではなかった」

幾多はカップを置くと、少年を見つめ、

「殺そうとした相手は…君の敵ではないね。だけど、君の親しい相手の敵だ。友人…それとも、恋人かい?」

にこっと微笑んだ。

「こ、恋人ではあ、あ、ありません!」

突然の詮索に戸惑う少年を、幾多は真っ直ぐに見つめた。

「話を訊かせてくれないか?君が、選択した理由さ」

「ぼ、僕は…」

何故か自然と理由が、口から出た。強制力があった訳ではない。

ただ…訊いて欲しかったのだ。