「……瑠樹亜」



瑠樹亜、だった。

ドクン、と。
あたしの心臓が跳ねた。


髪が、少し伸びてる。
頬が、少し痩けたみたい。


手には文庫本。
ちょっと猫背で、こちらを見下ろしている。



「チョコレート……半分、食べる?」


あたしは、持っていたチョコレートを半分に割って、瑠樹亜に差し出した。

それを、そっと受けとると。


「サンキュ」


そう言ってあたしの隣に瑠樹亜が座るから。
あたしの心臓は益々うるさくなる。


サンキュ、なんて。
初めて言われた。

サンキュ、なんて。
他人に言うことがあるんだ。



「……瑠樹亜くん、学校休んで、どうしてたの?」


「別に」


「家にいたの?」


「ん、色々」


「……そっか」


「あの女が、出てったから」


「……え?」


「あの女。
章江のことに僕が関わってるって知って。
ビビったらしい」


「……ビビった……」


「どのみち、親父の金目当てで家に来たんだ。
僕が何か喋って大騒ぎになる前に、逃げるのがいいって判断したんだろ。

若い男と、さっさといなくなった」


「……」


「親父はあの女を溺愛してたから。
今は灰人みたいになってる。
それで、家の中がちょっと荒れた。
まあ、親父にしてみれば、自業自得だけど」



……自業自得。

そう言った瑠樹亜の横顔は、どこか清々していて。



「そっか」


あたしの気持ちも、晴れやかになる。