そして、あの夏の日。俺は今年もほのかを誘って二人きりで花火に行っていた。
彼女も気にはなったが、俺が誘わなかったからか同僚と花火に行くらしい…
こんな大きな会場でまさか会うわけはないとたかをくくっていた。
この花火も地元のイベントだがもう何回来たのだろうか?
いつものように浴衣で来たほのか。ほのかには触れることはできなくても…
その姿を拝めるだけで俺は少年のように純粋にうれしかった。
夜店をブラブラと歩いて、リンゴ飴を買ってやった。
幼く見えるほのかが赤い飴を持って俺に向かって微笑む姿に…
俺は何度胸をときめかしたんだろう?
俺の欲望のままに、わがまま勝手に扱ってしまうのが彼女。
そんな自分を隠してただ壊れ物を扱うように、大事にしたいと思う
臆病な俺になってしまうのが穂香(ほのか)。
彼女たちは似ている。思う人いがいても、その想いは叶わない。
それぞれの気持ちの向きは決して交わらない…
そして、俺はどちらにもそれぞれの想いを抱いている…
その間を揺れ動きながら、俺はほのかとこのまま友達以上恋人未満で
一生付き合い続けることを選んだ方が幸せなのか?
そう思い始めている自分に気が付いた。俺は本当はどうしたいんだ?
そんな気持ちになっていた今年の夏。
花火を見た後、俺はほのかを駅まで送って行った。
別れ際、切符を買い終わったほのかが俺に振り向きにっこり笑い
「二人で会うのはもうやめましょ…」
突然一方的に拒絶するような言葉を吐いた。
俺は何が起こったのかわからず、思わずほのかに掴みかかって
「なんでだ!なんで突然そんなことを言うんだ!!」
出た大声に自分がびっくりし、周りの視線を集める。
一気に見られて恥ずかしくなり、俺は両腕を降ろした。
そして、気持ちを落ち着かせようとトーンダウンしながら
「どうしてなんだ?何かあったのか?」
ほのかは微笑んだまま
「私、佐々木さんを私のわがままで縛っているんだなあと
この頃思うようになったんです」
「なんでだ?友達なんだから何も遠慮することはないじゃないか?」
「友達…?確かに私たちは学生時代からの付き合いだけど、
私達の関係は本当に友達なんでしょうか?男女に友達という関係は
成立するのでしょうか?」
「俺は…
ずっと友達だと思ってきた。だから、お前もそう思ってくれていると…」
「私には…
男女に友情が存在するかわからない。ただ、あなたと今のままのような
付き合い方があなたの為にならないのではないかと思うようになったの…」
俺は、結局その時ほのかの誤解を解くことができないまま別れるしかなかった。
その後俺はいても立ってもいられなくなり、彼女の所に逃げ込んだ。
俺は…
その柔らかな甘い誘惑に…
俺の全てを受け入れてくれるその胸に…
負けた。
それから数日が過ぎた頃、気持ちも穏やかになってきたかと思い
いつものようにほのかに連絡してみたが…
返事はなかった。もう駄目かもしれない。
しばらくほのかに連絡をするのをやめた。とても勇気のいることだったが…
これ以上刺激して、どうにもならなくなった方が…
嫌だ。今まで、ここまではっきりした拒絶はなかった。
どんな時も、どんなことが起こっても今まで俺はほのかに寄り添ってきた。
いつも申し訳なさそうに、遠慮することはあっても…
拒絶された記憶はない。
何のために、我慢したのか?何のためにここまでこんなことをしてきたのか?
それは全てほのかと一緒に居続ける為。
友達でもいいからと無理に気持ちを押し込め全てを我慢してまで
そばに居続けたいと望んだからなのに…
不安だった。もうこれきりなのか?
でも、何を言ってもわかってくれなかったほのかに、
これ以上どう言い訳するんだ?!
連絡を取るのをやめてから、そんなそんな気持ちを抱えたまま、
俺はただ毎日を過ごしていた。
あれから、本当に…
本当にほのかからは何も連絡がこなくなった。
花火の日から最初に来た月終わりの週。
しばらくはと我慢していたが、試しにこっちからメールをしてみた。
でも、ほのかからやはり返信はなかった。
ただ、届かないわけではないので、拒否されているわけでない事しかわからなかった。
いつもは何となく月末近くになると、お互いどちらからかメールで連絡を取り合って、
どこかで会う…
それは最初の頃は眞人を探すことが目的だったが…
それでも俺にとってはほのかと居られれば何でもよかった。
そんな5年も続けてきた習慣が初めて…
途切れた。本格的な断絶。
まあ、元々男女の仲でもなかったし、付き合っていたわけじゃない…
そう自分に言い訳をしてみても、正直きつかった。
なんで何年経っても諦めないんだと詰め寄りたかった。
本当はほのかに恋人として触れたかった。
触れたことはあっても、抱きしめたことはあっても所詮…
友達。
でも俺だって男だ。できるだけ、そう辛抱に辛抱を重ねても…
いつか限界は来る。
そうやって限界を超え、どうしても我慢できなくなると、自分の衝動を治めるため、
夜の街に彷徨い出て女を抱いた。
そして、早朝…
まだ朝とも言えない暗闇の中、目が覚める。ここが自分の部屋じゃなく、
寝返りを打つと隣に誰かわからない女がいる。それを見た瞬間、苦い味が口の中を満たし、
胸が苦しくなって、後悔がどっと押し寄せる…
またか…
我慢できない衝動に自分を罵っても…
ヤッたことがなくなるわけじゃない。
俺は眞人がいなくなってからの5年、特定の相手を作ることなく
こんな虚しいことを繰り返していた。
いつの間にか、そういうことに疲れ果てていたんだろうか…
この頃そういう慰めを求める相手が…
ある一人の女になった。
性格は全く違うのに、名前の響きが似た女。
俺は汚い。ほのかへの想いを断ち切れないくせに…
いつの間にかその女に特別な感情を持ってしまった。
そしてその女を、何も約束できないこんな状態のまま自分のものにしてしまった。
彼女は何も知らない。ほのかもそれは同じ…
どうせほのかと結ばれるが無理なら…
せめて相手くらい自分で選びたい。オヤジの言うとおり政略結婚させられるなんて論外だ。
彼女なら…
彼女なら俺とほのかの事をわかってくれるはずだ。
それは俺の推測でなく確信だった。