...Melting Love...―愛檻―



けど、二楷堂のこんな話しかけやすいオーラじゃ血なんか吸えない。
気さくだから、誰とでも仲良くなって気は許されるかもしれないけど……。

そんなヴァンパイア、今まで聞いた事がない。

大体、ヴァンパイア同士なら、会った時に感じるモノがあるハズなんだ。
二楷堂に初めて会った時、確かになんだか変な感じはしたけど、ヴァンパイアだとは感じなかった。

だから多分違うんだろうけど……。

容姿だとか聴力だとか。
一緒に時間を過ごせば過ごすほど、自分の第六感が間違っていたんじゃないかって疑惑が大きくなってる。


『水無月亜姫さん。初めまして。
俺、同じ学年の二楷堂聖』

そう呼び止められたのは、半年前。
大学に入ってすぐの事だった。




『なにか用?』
『誰とも付き合わないって噂を聞いたんだけど、それが本当なのかどうかを確認したくて』
『本当だけど……もう噂になってるんだ。よかった』

このまま広がってくれれば、ムダに話しかけられる事も少なくなる。
そんなニュアンスでホっとしてため息をつく。

二楷堂は、そんな私の態度を見ていたハズなのに、にこっと笑った。
そして、この流れでは、普通の人なら言えないような事を言い出す。

『俺と付き合ってよ。
ずっと前から見てたんだ』
『……今、誰とも付き合わないって噂が本当だって話をしてたんだけど、聞いてた?』
『うん。だから今は誰とも付き合っていないって事だろ?』
『誰とも付き合ってないし、これからも誰とも付き合わないって事』
『そっか』

そう言って笑ったから、今度こそ納得してもらえたんだと思ったのに。
翌日、二楷堂は駅で待ち伏せしていて。

告白なら断わったハズって言った私に、またしても笑って言った。





『亜姫が付き合ってくれるって言うまで諦めないよ、俺。
だから、それまでは勝手に周りうろちょろさせてもらうから』
『そんなの困るんだけど。それと、勝手に名前で呼ぶのやめて。
大学で変な噂が立つでしょ』
『別に立ってもいいんじゃない? 噂されるうちに亜姫がその気になるかもしれないし』
『悪いけど、本当にそんな気ないから。他の子……』
『ああ、そうだ。
フェアじゃないと思うから、一応言っておくけど』

私の言葉を遮った二楷堂が、高い身長で私を見下ろして微笑む。
そして。

『俺、知ってるんだ。
――亜姫の秘密』

ちょっとシャレにならない脅し文句を、笑顔で言い切った。







それから半年、二楷堂との関係は……無理やり分類するなら“友達”にあてはまると思う。

秘密を知ってる、なんて脅したくせに、あの話題はアレ一度きりで、私に何かを要求してくるわけでもない。
私を好きだとか言ってるけど、付き合う事を強制もしてこない。

そこはあくまでも私が二楷堂を好きになるのを待つって、スタンス。
脅してきたわりに、結構紳士的な態度ばかりだ。

こんなふわふわした関係は、はっきり言って嫌だ。
第一、今までずっと意識して誰とも深く付き合わずにきたのに、こんなの不本意だ。

だからって私から“ヴァンパイアだって知ってるって言いたいわけ?”なんて聞くほどバカじゃない。
かと言って、二楷堂が握ってるっていう秘密をなんだか分からないまま“ばらせば”なんて無責任な事は言えないし。

とりあえず、二楷堂の動きを見るしかなくて、今に至ってる。








「ところで、亜姫に“お姫様疑惑”があるのを知ってた?」
「お姫様?」

電車の中で二楷堂が言ってきたのは、現代ではあまり聞かない言葉だった。
17時台の電車内は、学生で込み合ってる。

この時間の電車で座れた事は、ほとんどない。

「そ。お姫様。
まぁ、亜姫の外見じゃ、そう噂されても無理ないけど」
「どうせ、二楷堂がしつこく送り迎えしてるからでしょ」
「亜姫の雰囲気のせいもあると思うけどね。
高貴っていうか、やっぱり普通の子とは違うから」
「やっぱりって?」

まるで私の正体を知ってるみたいな言い方が引っかかって聞く。

二楷堂はたまにこういう発言をするから、その度に質問してるけど……。

「俺の欲目かな。
亜姫は俺にとって特別な子だからそう見えるだけかも」

こんな風にはぐらかされるのがオチだ。





「顔と耳はいいのにね」
「目だっていいよ。勘もね。その辺の男以上には。
こうして送り迎えしてるのも、亜姫と一緒にいたいからだけじゃないし。
まぁ、亜姫も気付いてるだろうけど」

二楷堂が、意味深に笑う。
それが何を指してるのかが分かって、視線を移した。

ドアを背中にして立つ私と、私に向かい合うようにして立ってる二楷堂。
その反対側のドア付近にいて、こっちをチラチラ見てる男は知ってる顔だ。

毎日のように、私を家までつけてる男。
一般的に言うならば“ストーカー”。

「心配してもらわなくても、私強いから。
あんなもやしみたいな男だったら、数秒で片付けられる」
「……あいつの事だけを言ってるわけじゃないんだけどね」
「他に誰かいるの?」

誰が自分を特別な感情を持って見てるかは、ほとんど把握してるつもりだったのに。
私が気付かないのに、人間が気付くなんてありえない。

けど、二楷堂だったらありえなくない気がして。

顔をしかめて聞いた私に、二楷堂は「いや、俺の勘違いかな」って誤魔化すみたいに笑った。






「あの男は確かに弱そうだし、亜姫が強いって言うのも本当なのかもしれないけど。
でも、俺としてはこのキレイな身体に少しでもキズがついたりするのは許せないし」

そう言って、二楷堂は私の手をとると、自分の顔の高さまで持ち上げる。
何をしようとしてるのかが分かったから、そうされる前に手を振り払った。

「あれ、残念」
「そういうキザな事してると、そのうち二楷堂にも噂が持ち上がるかもね。
“王子様疑惑”とかなんとか」

電車の中で手の甲にキスをしようとするとか。
同じ車両に乗り合わせた乗客からすさまじい非難の視線を浴びそうな行為だ。

でも、二楷堂はそんなキザな行為をしても許されちゃうような甘い顔立ちをしてはいるんだけど。

“王子様疑惑”なんて、バカにして言ったのに、二楷堂はまんざらでもなさそうににっこり笑う。

「お姫様と王子でちょうどいいんじゃない?」

決して鈍くないハズの二楷堂は、私がバカにしてるって事くらい分かってるくせに。
それを分かった上で、するりと交わすっていう大人な対応をされると、逆にバカにされた気分になる。






甘いマスクと、明るくて誠実な雰囲気。
魅力的な低い声と、180近い、高い身長。

大学内の女の子が放っておかない要素ばかりを持ち合わせてるのを、二楷堂も自分で分かってる。
それでいてイヤミじゃないのが、また人気を上げる原因になってる。

「じゃあお姫様をその辺で探してきて。
私はそんな柄じゃないし、興味もないから」
「女の子をその気にさせるのは男の役割だから。
亜姫は何も心配しないで、俺の隣にいればそれでいいよ。
面倒な事は全部俺が引き受けるから」

にっこりと微笑まれて、ため息をついた。

「本当にしつこい」

半年間、“付き合う気はない”って事を、色んな言葉で伝え続けてきたのに、ちっともへこたれない。
今までは、“あなたに興味がないし、これからも持てない”って事を冷たく言えば、どんな男だって引いていったのに。

二楷堂は、断わるたびに“わかった”とか笑顔で納得するくせに、翌日になるとそれを忘れたみたいにくっついてくる始末で。
それを何十回って繰り返しながら今日を迎えてる。







「譲れないモノって誰にでもあるだろ」
「それが私だなんて言いたいなら、思い込みすぎだと思うけど。
一目惚れだかなんだか知らないけど、そんな簡単に好きになられても迷惑だし」
「簡単に好きになったなんて、亜姫こそそんな思い込みはよせよ。
俺の気持ちは俺が一番よく分かってるよ」
「じゃあ、どんなに言われても、気持ちには応えられないっていうのも、いい加減分かってくれない?」
「譲れないモノがあるって言ったばかりだろ」

こんな時、普通のヴァンパイアなら。
人気のないところに連れ込んで、簡単に対処するんだと思う。
血の操作をして、自分を好きだって記憶を消しちゃえばいいんだから。

それに。
二楷堂がなにを知ってるかは分からないけど、何か私に不都合な秘密を知っているとしても。
二楷堂の中から“水無月亜姫”って人物の記憶ごと消しちゃえばいい。

それだけの話なんだ。

“普通のヴァンパイア”なら。