「あ、ところでよう、リーク。買い出ししなくてもよかったのかよ。俺まだ買ってねえぜ?」
「ああ、それに関しては問題ない。あれはただお前への嫌がらせとして遣わせただけだからな」
「地味に酷ぇな、おいっ!」
いまだ頭を押さえているトルガは涙目になりながらもツッコむ。
それをリークは至極愉快に見ているのだが、馬鹿なトルガはそれに気づかない。
と、ほのぼの(?)と会話していたその時。
ーガアンッと音がして馬車が大きく揺れた。王子は受け身をとれたからいいものの。
頭に手を乗せていたトルガは間に合わず受け身失敗。オマケに舌を噛んでの大惨事だ。
「イッテー!」と叫ぶトルガを無視し、リークは急いで馬車から出た。
しかし、目の前の光景に足を止めてしまう。
「なんだこれは…?」
なんと、目の前には泥で汚れた服を身に纏った人たちがぞろりと馬車を取り囲んでいたのだ。
「イテテ……おいリーク、何があっ……………はん?なんっじゃこりゃ…」
リークと同じように絶句するトルガ。
視線を別に移せば、馬車を運転していた男が消えていた。どうやら逃げたのか、客をおいて。
馬も鼻息を荒くして鳴きながら暴れていた。成る程、あの揺れは馬が暴れたせいなのだと推測できる。
ふと、リークたちを取り囲んでいた人々の内、一人の少女がスッと前に出た。
「あ、あのっ、………
私たちの村を、助けてくださいっ!」
「「?!」」
唐突に紡がれた言葉。
さらに絶句する二人にお構い無しと、少女だけでなく周りの人々も近づき、懇願する。
「お願いしますっ」「どうか、どうか!」「このままなんて、耐えきれない…っ」「私たちを助けてっ」
「魔族が私たちの村を襲ってくるのですっ!このままでは、もう……っ」
泣き崩れる少女。
そうして顔を見合わせたリークとトルガ。お互い頷き合うと、口を揃えてこう言った。
「「今晩泊めてくれるのなら」」
現金な奴らめ。
しかし、これにより二人の旅がさらに困難になることは、まだ知る由もない…………
オリオト村には近づくな
だってあそこは神隠しの地
引き返すのなら今だけさ
……あーあ、今宵の獲物は王子に奴隷
死んだって誰も気づかない
だってここは、神隠しの地
【オリオト村】……
*
「神隠しだあ?ンだそれ」
村に向かう道中、相変わらず口の悪いトルガはただ質問しただけというのに鬼畜王子リークに「慎(つつし)め」と後頭部を殴られた。
「くそいってえええッ」と叫び押さえるトルガに村の少女は「大丈夫ですか?」と声をかけるが、リークがにっこり笑顔で「大丈夫だよ」と遮る。
「ちょっ、てめっ、俺ぁ大丈夫じゃねえぞおい。つーかそこの女もなにこの鬼畜に騙されてんの、ええ?そいつの笑顔は偽物だっつうの、ったくタチわりい………あいででででッ!」
もはや髪を掴まれ引きずられるトルガなのだが、奴隷故に誰も気にかけない。
ひでぇえ。
両腕をつなぐ鎖ががしゃがしゃと音をたてるなか、ふと先頭にたつ少女が足を止めた。
「あそこです。あそこが……あのオリオト村が、私たちの住んでいる村。
そして、魔族たちの標的とされた神隠しの村です」
眉を下げて悲しげな表情をみせる少女が指差すその先に。
慎ましながらも仲のよさそうに暮らす村人たちがいた。
ここが【オリオト村】
別名、神隠しの村だ。
今となっては魔族の住処ともなっているようだが、今はその姿が見受けられない。
やはり昼だとあまり動かないのだろうか?(あの黒獅子は例外として)
基本、魔族は夜の方が魔力及び人間への影響が活発になるらしい。
ならば今夜が勝負時か。
「おいリー……」
「(ボソ)トルガ、ここでは本名は隠すとしよう」
「は?」
なんでだよ、キョトン顔で尋ねるトルガにリークはやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
それにトルガがこめかみをピクピクさせたことは、言うまでもない。
とにかくも、二人は村人に気づかれないよう小声で話し合うことにした。
「まず第一、この村は魔族が出ると言われただろう。なら僕たちの正体は隠した方がいい」
「なるほどな。で、二つめは?」
「そう急(せ)かすな。次に、僕たちの身分がバレれば至極面倒臭いことになる」
「あ?…あー、そういやお前、王子だもんな………って、おい待て。俺はもう見るからにバレてんだろ。せめて鎖外せや」
「煩いな。それに商人や旅人も奴隷を扱っているだろう?僕がお前を連れていても、なんら不思議はない」
「そーゆうもんかよ……」
つまりお前だけ正体隠せばいいんだな?、小声で話すトルガにリークは頷いた。
「それともうひとつ、この村はおかしい。先程から違和感を感じる」
「ぶくく…っ、おいリークっ。お前そりゃあ神隠しにブルっちまってんじゃねえーの?ちょうだっせえー………イッダーッ!」
「どうかしましたか?」
「いえ何も」
トルガの悲痛な叫びに気遣う声をかける少女。しかし案の定、リークの微笑みによってその優しさも泡と消えた。
「(ボソ)てめっ、小声で話せっつったのになんで殴るよ、ええ?! ったく、信じらんねえ」
「(ボソ)まあそう言うな。お前だってこれくらいのこと、慣れているだろう?」
「……慣れってこえーな」
「ん?」
「イエベツニ」
トルガの溜め息交じりの声はリークにも届かなかったという。
さて、一行は村の奥に案内された。
そこには他の家より少し大きいだけの家があり、その前には杖をついた老人が立っていた。
「村長っ!」
「そんちょうううっ?」
「うるさいぞ、見て分かるだろう」
「いやいやいやっ、ふつうわっかんねえってリー……ごほん、主人っ!」
あぶねえあぶねえ、思わず本名呼ぶとこだった。額の汗を拭うトルガと冷ややかな目で見つめるリーク。
二人は相変わらず注目を集める体質のようで。
途端、村長と呼ばれた老人が「おお、」と声をあげ、杖をつきながら二人に近づいてきた。
二人の周りを囲っていた村人たちが、道をつくるようにザッと離れる。