あたりには魔族騒動のおかげで誰もいない(※例の民間男除く)。

しかし念のため崩れた建物の陰に隠れる二人は、どうやら兄弟のようだ。



「いやあ、意外と錬金術にハマっちまってねえ。遠い異国の地では錬金術が盛んだって言うからつい……」


「で、7年間も城を空けた……と。流浪生活はさぞ楽しかったでしょう。なにせあなたの分まで僕は仕事をしていましたから」


「うっ……で、でもお嬢ちゃん……トルガとずっと一緒だったんだからいいじゃないかい。

俺だってトルガと一緒にいたかったしい、一緒に遊んでトルガの笑顔を一番近くで見ていたかったんだよ?

それを独り占めしてたリークには嫉妬するねえ、まったく」



やれやれ、と言うかのように肩を竦(すく)めるロアロの言葉にぴくりと反応するリーク。



「笑顔……?一番、近くで……?

っ、そんな、そんなこと……っ」


「? リーク、どうしたんかね」


「………いえ、なんでもありません」



ロアロが顔を覗き込もうとするとフイッと顔をそらして握った拳を隠すリーク。


「ははっ、まあなんにせよ、お前らは今日から同盟国であるアンドレシアに向かうんだろう?

気をつけてな。いってらっしゃい」


「………。」



嗚呼どうして。

この人はこんな眩しい笑顔を向けるんだ。こんな温かい言葉を吐くんだ。


あなたがそんな人だから、僕は……



「……あなたも精々頑張ってくださいよ。僕の仕事の分まで、ね。

いってきます、……お兄さま」


「! お、おまっ、今【お兄さま】って呼ん……ゴフッ」



感動して抱きつこうとしたロアロの脇腹を蹴って回避するリーク。


ほら、すぐ僕を『弟』として見てくる。

僕は一人の『男』として認めてもらいたい。

あなたのライバルだと、認めてもらいたい……



「あ、相変わらずナイスキックだぜ弟よ……」

「あなたの弟なんて虫酸が走ります」

「そこまで?!」



こんなヘラリとした男に負けたくない。"あいつ"は僕のものだ。

だけどどうしてあなたは……




「ああそうだ、リーク。お前も立派な『男』だろう?

トルガのこと、しっかり守ってやんな」



そうやって突然『男』として見てくるから、トルガのことも素直に純粋に心配してあげられるから。



「………言われなくとも」



だから僕は

あなたには敵わないんだ。





「んー……誰だっけなあ」

「どうかしたか、トルガ」


「おう、リーク。【ロアロ・メル】って誰だか知ってっか?俺もどっかで聞いたことあんだよな~。

……んでも思い出せねえ」


「へえ、ずいぶんと早い老化だな。そのまま朽ち失せろ」


「なんかお前鬼畜度増してねっ?!」



馬車の中にて。

無事合流した二人は魔族が攻めてきたことにより、予定を早めて出発したのだった。


馬車の小窓から見える母国。

それよりもっと遠くを見つめているようなリークに、トルガは「ま、いっか」と言って胡座(あぐら)を掻く。



「徐々に思い出していきゃあいいだけの話だし、それにもしかすっとまた会えるかもしんねえしなっ!」


「……やけに嬉しそうだな」


「なっ…、はあ?!嬉しそう?!俺がああ?!ンなわきゃねーだろ!変なこと言ってんじゃねーよっ!」



そう言いつつも赤面するトルガに、面白くないとリークはトルガにチョップをする。

「なんでだよ?!」とトルガに睨まれたがそこは王子、無言でスルー。


「あ、ところでよう、リーク。買い出ししなくてもよかったのかよ。俺まだ買ってねえぜ?」


「ああ、それに関しては問題ない。あれはただお前への嫌がらせとして遣わせただけだからな」


「地味に酷ぇな、おいっ!」



いまだ頭を押さえているトルガは涙目になりながらもツッコむ。

それをリークは至極愉快に見ているのだが、馬鹿なトルガはそれに気づかない。




と、ほのぼの(?)と会話していたその時。


ーガアンッと音がして馬車が大きく揺れた。王子は受け身をとれたからいいものの。

頭に手を乗せていたトルガは間に合わず受け身失敗。オマケに舌を噛んでの大惨事だ。


「イッテー!」と叫ぶトルガを無視し、リークは急いで馬車から出た。

しかし、目の前の光景に足を止めてしまう。



「なんだこれは…?」



なんと、目の前には泥で汚れた服を身に纏った人たちがぞろりと馬車を取り囲んでいたのだ。


「イテテ……おいリーク、何があっ……………はん?なんっじゃこりゃ…」



リークと同じように絶句するトルガ。


視線を別に移せば、馬車を運転していた男が消えていた。どうやら逃げたのか、客をおいて。

馬も鼻息を荒くして鳴きながら暴れていた。成る程、あの揺れは馬が暴れたせいなのだと推測できる。


ふと、リークたちを取り囲んでいた人々の内、一人の少女がスッと前に出た。



「あ、あのっ、………

私たちの村を、助けてくださいっ!」


「「?!」」



唐突に紡がれた言葉。

さらに絶句する二人にお構い無しと、少女だけでなく周りの人々も近づき、懇願する。


「お願いしますっ」「どうか、どうか!」「このままなんて、耐えきれない…っ」「私たちを助けてっ」


「魔族が私たちの村を襲ってくるのですっ!このままでは、もう……っ」



泣き崩れる少女。

そうして顔を見合わせたリークとトルガ。お互い頷き合うと、口を揃えてこう言った。



「「今晩泊めてくれるのなら」」



現金な奴らめ。



しかし、これにより二人の旅がさらに困難になることは、まだ知る由もない…………







オリオト村には近づくな


だってあそこは神隠しの地


引き返すのなら今だけさ



……あーあ、今宵の獲物は王子に奴隷


死んだって誰も気づかない



だってここは、神隠しの地
【オリオト村】……





「神隠しだあ?ンだそれ」



村に向かう道中、相変わらず口の悪いトルガはただ質問しただけというのに鬼畜王子リークに「慎(つつし)め」と後頭部を殴られた。


「くそいってえええッ」と叫び押さえるトルガに村の少女は「大丈夫ですか?」と声をかけるが、リークがにっこり笑顔で「大丈夫だよ」と遮る。


「ちょっ、てめっ、俺ぁ大丈夫じゃねえぞおい。つーかそこの女もなにこの鬼畜に騙されてんの、ええ?そいつの笑顔は偽物だっつうの、ったくタチわりい………あいででででッ!」



もはや髪を掴まれ引きずられるトルガなのだが、奴隷故に誰も気にかけない。


ひでぇえ。