「雑巾取ってくるから、動くなよ」
洗面所に消えていく細い背中を見送って、私はその場に立ち尽くした。
びっくりした……。
2階から下りて来る瑞貴の足音にも気付かないほど、ぼうっとしてたなんて。
なにやってんだろうあたし。
自分自身に毒づいていると、瑞貴が雑巾を持って戻ってきた。
「あー足におもいっきりかかってんじゃん」
言いながら、棒立ちになっている姉の足元にしゃがみこむ。
眼下で黒い髪がふわりと揺れた。
「あーあ、一歌の靴下ぐちょぐちょになってる」
ふと、瑞貴の指が膝下に伸びて――
心臓が揺れる。
けれど、弟の手は、姉に触れる直前でピタリと止まった。