ぐったりとした緋月ちゃん。
ねぇ葉月。
わかってるよ。ちゃんとちゃんと、見えてるよ。
緋月ちゃんの身体、アザだらけ、だよね・・・?
これでもかというほど、痛々しい二の腕、太もも、足首。
制服だってぐしゃぐしゃで。
靴のあとのような汚れが見える。
だけど、顔は、顔だけは綺麗なままで。
子供の寝顔のような、顔。
綺麗な、可愛い緋月ちゃんの顔。
ねぇ緋月ちゃん、痛いよね。
身体、とんでもなく痛かったよね。
ねぇ葉月、痛いよね。
心、もの凄く痛いよね。
「緋月・・・なんにも・・・・・・なんにも悪くないのにっ・・・」
「うん。」
「なんで・・・?」
「う、んっ・・・なんで、だろうねぇ・・・・・・。」
ぎゅぅっと葉月を抱きしめた。
今にも壊れそうな、葉月を。
パタン――
日岡さんが携帯を閉じた。
振り返る。
「葉月。大丈夫だ。」
「日岡さ・・・」
ふわりと、日岡さんが微笑む。
その微笑は、葉月だけに見せる、柔らかい微笑。
私の腕から葉月をとり、そっと抱きしめた。
宝物を包むように、とてもとても、優しく。
「大丈夫。葵様に連絡したから。」
「葵様に・・・?」
「そう。だから、大丈夫。上手くやってくれるよ。」
「・・・・・・うんっ・・・ありがと、う。日岡さん・・・。」
ほっとした。
よかった。葉月、大丈夫そう。
緋月ちゃんも大丈夫みたいだし。
とりあえず一件落着かな――
「・・・・・・・・・うっ・・・」
唐突に聞こえた呻き声に、皆ハッとした。
慌てて緋月ちゃんの方を見れば。
「緋月っ!!!」
「・・・う、ん・・・・・・は、づき・・・?」
緋月ちゃんが、呻きながら薄く目を開いていた。
そして状況を確認すると、カッと目を見開き、起き上がろうとして――ふらっとよろけた。
「うわわ!緋月様駄目です!今は横になってなきゃ!」
「で、も・・・私、話さないと・・・・・・。
あの人、に・・・かな、さんに・・・話さないと・・・・・・謝らないと。」
―――――え?
話す?謝る?
それは・・・哉の方じゃないの?
「なんでここで横江哉の話になるわけ?」
何も知らないらしい葉月が眉をひそめる。
はぁっ・・・・・と、ため息をついたのは、彼方だった。
額に手を沿え、ぎゅっと唇を噛み締めた後、真っ直ぐ緋月ちゃんを見た。
「小野緋月。お前には関係ない。罪悪感を感じることは、ない。」
断定的な、声だった。
どういうこと・・・?
相変わらず全く話が見えない。
「お前は何も知らなかった。そうだろ?
悪いも何もない。関係ねぇよ。」
「関係、あるっ・・・!
私は、あの人の、娘・・・小野家のあと、とりで・・・あなたたちの・・・婚約者。
関係、あるに、決まってる!」
くしゃり
顔を歪ませたのは、緋月ちゃん。
それは、身体の痛みからではなさそうだった。
「無知は、罪だよ。」
暗い声で、それでも真っ直ぐに彼方を見つめる黒い瞳。
「話さなきゃ・・・謝らなきゃ・・・駄目。」
ぐっと唇を噛み締めて、瞳に光るモノを押さえつけた緋月ちゃん。
彼方は、それをじっと見つめて――苦笑した。
「ったく・・・メンドーな性格してんな。テメェも。
こっちが関係ねぇって言ってやってんだ。甘んじて受け入れろよ。」
「やだ。」
「あーあーそうですか。
いいだろ別に。お前だって今日傷ついたんだし。お互い様ってことで。」
「お互い様、じゃ、ない!
これには、小野家も、加担してる・・・。」
「な―――どういうことよ、ソレッ!!!」
声を荒げたのは、葉月。
それも当然か。
緋月ちゃんは小野家の一人娘・・・ってことになってるわけだし。
それをこんなふうにするのは、理解不能。
ただし。
小野家ならばこういうことも躊躇いなくするのだということくらいは、すでに知ってるけど。
「・・・葉月・・・・・・。」
「緋月!何よそれっ・・・ホント、最悪っ・・・・・・。」
ギリッと歯を食いしばる葉月。
嘘でしょ?とは、聞かない。
ありえないとは、言わない。
小野家ならやるだろうと、葉月だって分かってる。
彼方は葉月と緋月ちゃんを見て、ハッと、どこか自嘲気に笑った。
「葉月――小野葉月。小野家緋月の、隠された双子の片割れ。
それがまさかお前とは、正直驚いたぜ。」
葉月が、彼方を見る。
真っ直ぐに。
「何を知ってるの?」
彼方が目を細めた。
口元に薄い笑みを浮かべる。
「お前に教える義理はねぇ。
知りたいんなら小野緋月に聞けばいい。」
「私はあんたに聞いてるの。
答える義理、あるんじゃないの?私は緋月の双子の姉よ。」
「ねぇよ。」
あっさりと彼方は切り捨てる。
「だってお前はもう、小野家の人間じゃねぇだろ。」
葉月が、くっと唇を噛み締めた。
「それを、言うか。」
「そりゃそうだろ。俺らが固執してんのは、小野家であってお前ら双子じゃねぇ。
ハッキリ言って、お前らなんかどうでもいいんだよ。」
「だから、こんな目に合わすことだってできる。」
くいっと緋月ちゃんを顎でさす彼方。
葉月が、息を吸い込む。
「根性腐ってるわね、あなたも。
普通、できないでしょうよ。」
「あぁまぁな。けど、哉はこの通りやったし、俺も――」
彼方が、どこか遠い目をする。
ぼんやりとした口調で、言った。・・・言い切った。
「哉がやってなかったら、やってただろうな。」
―――彼方の瞳にある、翳りが、濃い。
ぽつりと、彼方はこぼす。
「そう、やってだろうな。俺は。
っはは。そうだ。・・・そう、なんだよ。」
くしゃっと、彼方が顔を歪ませる。
「哉はいつもそうなんだ。」
どこか自嘲を含んだその声は、静かに静かにこの場に響いた。
「俺のやろうとする前に、やる。
それが哉だ。」
彼方。
それじゃ、それじゃあまるで――
彼方も、緋月ちゃんをこんな目にしようと思ってたみたいだよ?
・・・いや、違うか。
思っていたのか。
彼方は、思っていたと言ってるんだ。
『哉がやってなかったら、やってただろうな。』
そう、彼方は言ったのだから。
「俺と哉は、鏡のように。
真逆に見えても、根本は同じ。
俺だって分かってたし分かってんだよ――。
けど、いや、だからこそ、大嫌いだ。
哉のことが。」
吐き捨てるように呟いた彼方は、すっと緋月ちゃんに目を向ける。
「小野緋月。」
「はい。」
静かな、けれど強い意志が込められた掛け声と返事。
彼方が、ふっと、気の抜けたような笑みを浮かべた。
「行くか。」
「はい。」
軽い声だった。
コンビニ行くか、みたいなノリ。
彼方が緋月ちゃんに近づき、手を差し伸べた。
緋月ちゃんが彼方の手に、手を預ける。
ぐいっと。
彼方が緋月ちゃんを引っ張りあげ、ふらつく緋月ちゃんを支える。
「彼方、あんたいいとこあるね。」
私がしみじみと呟けば。
「マジムカつくわ。」
・・・・・・かっわいくない言葉を頂いた。
「彼方、あんた可愛くないねー、ホント。
ちょっとは桃榎を見習いなさいよ。」
「はっ、別に青菜に可愛いとか思われなくていいし。」
「な、なんて可愛く無い奴。究極に可愛くないぞ、お前。」
「勝手に言ってろ。」
「へいへい、じゃ、勝手に行かせてもらいます。」
てこてこと、緋月ちゃんを支えながら去っていこうとする彼方について行った。
「・・・・・・は?」
彼方の間抜け顔がとっても心地いい!