「…ただいま」
夜中の2時ごろ、深月はそう言って一軒の家に入った。
 
深月は慣れた手つきで靴をさっと脱ぐと、畳に座りテレビをつけてみた。
よく分からない外国の恋愛映画だったので、すぐにテレビを消した。
 
とその時、一人の老人が現れた。
深月の母方の祖母だ。唯一の親族であるため、深月は祖母の家に居候しているのだ。
 
 
「おや、帰ってきたのかい。何か食べるか?」
 
こんな風にいつも、祖母は優しい言葉をかけてくれる。
一日の半分を「裏社会」で生きる深月にとって、祖母の存在は心の憩いの場となっていた。
 
祖母がいなければ、深月はとっくに社会の闇に飲まれ、人間不信に陥っていただろう。
 
「いや、いいよ」
 
「そうかい。あんたも高校生なんだから、あんまり夜遅くまで出歩くんじゃないよ」
 
「…うん。わかった」
 
こんなやりとりが、深月は大好きだった。
 
祖母は部屋に戻って行き、深月はまた一人になった。
何もすることはないが、眠くもならない。
深月はとりあえず、またテレビをつけてみた。
 
画面にさっきの恋愛映画が写った。どうせ他のチャンネルもつまらないだろうと思い、つけたままにして畳に寝転がった。
 
――何も変化の無いこの時間に、こんなに幸せを感じるのは俺ぐらいかも知れない。
 
そんなことを思っていると、案の定だんだん眠くなってきた。
目を閉じた深月の耳に、つけっぱなしの恋愛映画のセリフが聞こえてきた。
 
「…出会いなんて、どこにあるか分からない。道端の小石みたい。でも、それは一番大切な物なのよ。不思議でしょ。出会いって…」
その言葉を最後に、声は聞こえなくなった。
深月は、眠りについた。
世界で一番心安らぐ場所で。