午後

岩陰

幸大は一人で立っていた


「袴田さんの言ってた感じだと… 」

幸大は体内に意識を集中する


筋肉だとか脂肪という別々のモノではなく、肉体として意識し、それらを自分の意思で動かす


「虎喰。」

普段と違い、虎の幻影が幸大に重なったまま佇む


「燕遊。」

ツバメの幻影が幸大の極近い周囲を旋回し続ける


「龍流し。」

龍の幻影が幸大の体を這いまわる



その瞬間

ボゴッ!

幸大の体を剛柔な筋肉が包んだ

筋骨隆々で身長も少し伸びる


「これが…」

幸大は筋肉ムキムキの体を見る


が、

「ぶはぁっ‼」


幸大が大きく息を吐き、体は何もなかったかのようにもとに戻る



「一瞬しか成れないのか…」

幸大が言う


「これを長時間維持できるように…」


「やめた方がいい。」

袴田が姿を現す


「よくここが解りましたね。」


「君の闘気を感じた。

それより、君があの状態を長時間維持すると、体の皮膚は伸びて、解除した際にダルンダルンな皮膚になる。


それに、あれは火事場の馬鹿力を自分の意思で発揮するようなモノだ。

長時間維持すると徐々に力は衰退していくし体への負担も大きい。

一瞬、一時的、そんなレベルで使うのがこの力を一番効率的に使う方法だ。




つねに長時間、強力でいることが最強とは限らない。

そして、その力がいかに最強であっても…


最強が最善、最良、最適とは限らない。


強さだけを求めるなら最強で良いが…君は最強には興味ないんだろう?」


「ああ。

守れりゃ、何でもいい。」

「なら、最強であると同時に、最善で最良で最適なことをできる力も手に入れた方がいい。」



「はい。」


「試しに、さっきの状態で海に技を打って見るといい。」


「はい…行きます。」


ボゴッ!

先程よりスムーズに体が隆起する

「それを全身ではなく、体の一部だけにするんだ。」


袴田が言う

「はい。」

幸大の右腕を残し、あとは元に戻る


「武神流奥義、王槌!」


トプンッ…


幸大の放った拳は海面に小さな水音を響かせた

その直後…



ドパンッ!


浅瀬とは言え、一瞬、水が消え、地面が姿を現し、その地面も大きく下へとめり込んだ


海水はすぐに流れ込み、波は何もなかったかのように動く



「どうだい?」


「はぁ…はぁ…

体は重いし、疲れます。」


「あとは使いこなすだけさ。」

袴田が言う



「やっぱりここにいたか。」

なずなが言う

「ここがよくわかったな。」

幸大が言う


「あんたねぇ、あんな轟音を鳴らすのはあんたとその師匠たちくらいしか居ないわよ…

戻るわよ?」

すみれが言う


「りょーかい。」

幸大がビーチへ歩き出す


「これほどの力を持つとは、あずさにとっていい師匠ができたようだ。」


袴田が嬉しそうに笑う