日誌をようやく書き終えた俺を、またもや彼女が急かした。




「先帰れって言ってんじゃん。あと戸締まりだけだし。習い事あるんだろ?」



俺は机の中の教科書をカバンに入れ、消しゴムとシャーペンをペンケースに直した。





「ウソ。習い事なんてないよ。バイオリンじゃなくてピアノ。それに今日じゃないし。」


彼女は俺の方を向いて、笑いながら言った。




ウソかよ。


結構タチ悪いなぁ。


みんなこいつのどこがそんなにいいのかねぇ。



俺がしばらく黙っていると、心配したのか彼女が話しかけてきた。


「弘君?ごめん……怒った?」

「別に。」



俺は意地悪に、わざと怒ったように見せかけた。


少しずつ表情が変わる彼女。




「ごめんね?」


あまりにウソに騙されてくれるもんだから、俺はついつい貯まってた笑いが吹き出した。



そんな俺を見て、心配そうにしていた彼女が驚いたように口を開けていた。


「ウソだよ。怒ってない。お前本当に面白いな。」

「お前じゃなくて、綾咲礼!名前覚えてないの?!」



礼。


後に俺は彼女のことをそう呼ぶことになるなんて、その時は想像もしなかった。