『封印が解かれてから、数年は何も起こらなかった。

長い眠りにより奥乃姫の力は鈍っていたのやも知れん。

一太郎は善治郎となり、大人になり、やがて子を成した。

奥乃姫の真の覚醒はそれから幾年も経ってからのことであった。

……姫が猛威をふるった時のことを詳しく話す気はない。

ただ、一つの里が壊滅したとだけ言っておこう。

悲惨な結果ではあったが、それだけですんだとも言える。

それは善治郎の息子であり、二代目当主たる宗治郎が、命を賭して奥乃を再び封印したからだ。

宗治郎の名は、知っておろう。』


「……はい」


1代目と二代目の名前くらいなら、いくら家の歴史に疎い礼太といえど、知っていた。

でも礼太にとって、『宗治郎』という名は特別な名だった。


礼太はあの不可思議な夢の主人公の由来を唐突に理解したのであった。


今まで思いいたらなかったのが不思議なくらいである。


『……封印というのはな、その辺に転がっている瓶とか人形とかに封じれば良いというものではない。

封じた後、封印具に使った器を破壊することで、中の存在を完全に滅ぼすことができるのだが、中身の方が強力では壊した途端に外に出てしまうこともある。

強力な何かを封じるには、それを抑えつけるだけの強固な器が必要なのだ。

宗治郎が奥乃姫を封じきるにはそれだけ強い器が要りようだった。

あれほどの魔を封印するためには、小手先で造った封印具などでは到底太刀打ちできない。

宗治郎が思いついた奥乃姫を封じるに足る器はこの世にたった一つしかなかった。

それは……己自身、宗治郎自身であった。

宗治郎は奥乃姫を自分の内に封じ込め、仲間に頼んで己という器を破壊させた。』


礼太はコクリと息をのんだ。


それは、自分を殺させた、ということだろうか。


『それですべてが終わったはずであった。

宗治郎の犠牲によって妖姫奥乃は完全に滅んだはずだったのだ。

ところが、だ。

奥乃姫は滅んでなどいなかった。

宗治郎の魂と共に人の世に転生してしまったのだ。

宗治郎の生まれ変わりは魔をその身に宿したまま生を得てまたこの世を去り、それが何度か繰り返された。

転生のたびに封印は綻びを見せ、まるで天災のように突如として奥乃姫の猛威が人々を襲った。

宗治郎によって抑えつけられていたとしても、奥乃姫は他に類を見ぬほどの強大な魔。

一時的に封印を破ってしまうという普通ではあり得ないことが度々起き、ついには私の知るところとなった。

それももう、随分と前のことではあるがな。

さて、お前は鈍臭いが敏い子だ。

この先に私が言うことが分かるか』


瞬きをゆっくりと数度する。


そのたびに目の前の女の子の姿が強く瞼に焼きついて、もう離れそうになかった。


廉姫はその愛らしい唇に、容赦なく言葉をのせた。


『お前は宗治郎の生まれ変わり、

妖姫奥乃をその身に宿す者だ』


頭の中がぴりぴりと痺れた。


わけのわからない、哀しみみたいな黒い感情がゆっくりと胸の中を塗りつぶしてゆく。