『これは私がお前を次期当主に選んだ理由とも深く関わっている話だ。もっとも、そうするよう私を丸め込んだのは華女だが』


礼太はハッと華女に目をやったが、叔母の目はひたすら廉姫に注がれており、礼太の視線に応えようとはしなかった。


『この話の始まりは、遥か古代にまで遡る。

それすらも憶測でしかないが、1000年では足りぬ昔の話であることは確かだ。

いつの世とも知れぬその昔、湧いてきたのか降ってきたのか、はたまた人の手によって創られたのか、ヒトリの魔がこの世に現れた。

名は、奥乃。

なんでも何処ぞにひっそりと潜んでいるその魔を指して、「奥にいる何か」を略し、「奥の」と呼ばれていたのが由来だそうだ。

やがて人々は魔を「奥乃姫」と敬い恐れるようになった。

妖姫 奥乃は、一つの人格をなしているというよりは存在自体が風や火のようなものだった。

恐ろしい破壊者であり、気まぐれに豊穣をもたらす神でもある。

奥乃姫の起源を辿ることは私の力を持ってしても容易ではない。

姫は長いあいだ、人々の記憶から忘れ去られていた。

その魔力を恐れた何者かが奥乃姫を封印していたからだ。

ところが数百年前、ある子供の手により奥乃姫の封印はあっさりと破られてしまった。

その子供の名は一太郎。

のちの奥乃 善治郎……この家の1代目だ。』