地上へと続く階段をのぼると、次第に視界が明るくなってきた。


地下牢の暗さに慣れてしまった目が悲鳴をあげる。


瞼をぎゅっと瞑って恐る恐る、華女の背中を追いかけ、ゆっくりと目を開けると、また、長い長い廊下が続いていた。


どうやらここはいつだったか父に引きずられるようにして歩いた当主の居住域らしい。


まるで馬鹿でかくて単調すぎる迷路のように感じる。


しばらくすると、華女は一つの部屋の中へと入っていった。


造りは当主の間にそっくりだが、幾分か広いし、陽射しが障子越しに良く入っている。


「ここ、何処?」


かすれた声で尋ねる礼太に、華女は微笑んだ。


「当主の間を模して造られた部屋よ」


「ちなみに、今何時?」


「あら、調子が戻ってきたかしら?今は多分、8時を回るか回らないかぐらいでしょうね」


朝か……あの悪夢が嘘みたいだ。


礼太は身体から何かを吐き出そうとするかのように深く息をついた。


「華女さん……昨日、学校の武道場に来た?」


礼太の様子を静かに見守っていた華女は一瞬目を見開いた後、小さくうなづいた。


「ええ……覚えてるの」


「っ………否定しないんだ…じゃあ、あれは本当にあったこと…?僕は…僕はいったい、あの時、なんで、僕は」
「落ち着きなさい」


低く短く、華女にしてはそっけない声音で、なおも続けようとする礼太を制止した。


礼太はビクリとして、次の瞬間にはカッと頭が熱くなるのを感じた。


「落ち着きなさい………?はっ…なにそれ」


それ以上の言葉が続かず、礼太は頭を抱え込んだ。


「……話さなければならないことがあると言ったでしょう。だから、落ち着いて。気が立っている貴方には何も教えてあげられないわ」


今度は柔らかく、諭すような口調で華女が語りかけてくる。

顔をあげ、ジッと華女を見据えれば、揺らぎ一つない瞳で見つめ返される。


強く優しい叔母。


奥乃家の当主。奥乃を名乗る退魔師たちの心の支え。


いつもと変わらない姿がそこにはあったが、やつれた頰とうっすらと青い目元に疲労の色を認めないわけにはいかなかった。


礼太は急に自分が恥ずかしくなって、ぺたりと尻をついた。


『………相も変わらず、弱々しい奴だな』


ふいに上から声が降ってきた。


異世界から語りかけてくるような、不思議で不気味で、大人びた口調の幼い声。


「廉、姫……」


姿を見たのはいつぶりだろうか。


視線をあげた先には数ヶ月前となんの変化もなく、礼太を見下ろす廉姫の姿があった。