月が移動している事もあって、自分が来た方向が分からない。
…自宅の裏山で遭難……?
…笑えないわ、どうしよう……
ぐるりを見渡すと、後ろの大きな木の下に、人影があった。
竪琴を片手に静かに佇んでいる。
…あの人がさっきの……
すいっとその人が左の方を指差した。
あっちから…帰れるの?
もう一度そちらを振り返ると、そこにはもう誰も居なかった。
…本当に人だった……?
竪琴をもって佇んでいた長身のその人は、着流し姿で白銀の長い髪をしていた。…ような気がする……
月明かりの見せた幻……?
それとも花の精?
人間離れした美しさだった…
でも、あまりにも一瞬の出来事で、目に焼き付けるには短すぎる時間しかなく、イメージばかりが頭に残った。
それに、月明かりだし…
一応ぺこりと頭を下げると、その人が指差した方向へ歩きだした。
獣道みたいな細い踏み跡道を歩いていくと、前の方に灯りが見えた。
それが見えた辺りで、叫ぶような桜ちゃんの声も聞こえる。
「花乃ーっ!花乃ーっ!!」
「花乃ちゃーん、どこだぁ?」
「…桜ちゃーん」
あたしの声にあっという間に目の前に来た桜ちゃんは、荒く息を弾ませていた。
黙ったまま手を上げた影に、瞬間的に目を瞑った。
「ごめんなさいっ!」