口を開いた途端に滑り出てきたのは、お母さんが好きだったアヴェマリア。
しばらく出していなかった声だけれど、驚くほどスムーズに高音まで出すことが出来た。
気持ちよくて目を瞑ると、更に高く歌い上げる。
フワッと懐かしい感覚があたしを包んだ。
そう、これがあたしの歌。
回りの木々や草花、小さな生き物や苔や小石に至るまで、全てと共鳴するように歌声が空高く舞い上がる。
…やっぱり、あたしには歌しかないんだ。
たとえ誰も聞いてはくれなくても、歌えればそれで良かった。
元から人前で歌うことが好きだった訳ではない。
いつから聴こえていたのか分からないほど違和感なく、どこからか弦楽器の音が聴こえる。
あたしの歌と絡み合うように、澄んだ音色が響くのを不思議に思いながらも、音の共鳴が心地よくてその音に身を任せた。
何曲歌ったんだろうか、月がだいぶ空を移動している。
…帰らなきゃ……
ふらりと歩き出して気が付いた。
…あたし、どっちから来たんだっけ?