自分の部屋に入ると、綺麗に掃除がしてある他は、あたしが出ていったその日のまま、時が止まっているようだった。


「ばあちゃんさ、たまに一人でこの部屋に居たんだよ?」


「……えっ?」


「花乃、帰っておいでって、つぶやいてるの聞いちゃった」



あたし帰ってきて良かったの……?



「しばらくは、何も考えずにのんびり過ごしたら?先の事を考えるのはその後でいい」



あたしの赤いボストンバッグを入口近くに置いて、桜ちゃんは部屋を出て行こうとした



「桜ちゃん……あたし、ここに居てもいいのかな」



「当たり前、花乃の家はここでしょ?
雪乃さんもきっと喜んでくれるよ」


おかあさんが……喜んでくれる?

ううん、それは違うよ。

だってあたしは、おかあさんとの約束を果たせなかったんだから。



「ねぇ、ここの人達には何て言ってたのかな?
音大に行ったって……?」


「ん?
ちょっと離れてるけど、すぐに帰ってくるって言ってたかな。詳しい事は殆ど誰も知らないんじゃない?」



そう、それがおばあ様の優しさ。

あたしが挫折して帰ってきたのを知っていても、その事について深く聞いてきたりはしない。