「あなたの部屋はそのままですよ。
前のように好きに使いなさい」
そう言うとクルリと背を向けて廊下を歩いてゆくおばあ様の後ろ姿は、記憶に有るより小さくて、それが何だか切なかった……
「あれで喜んでるんだよ?
花乃が帰ってくるって言ったら、何を食べさせようって武さんとキャイキャイしてたんだから」
「桜ちゃんは、もう放浪の旅には出ないの?」
「最近は大人しくこの村に留まってるよ。いずれ継がなきゃなんないし、もうフラフラしてられる歳じゃないしね」
桜ちゃんは確か今年28歳になった筈。
とてもそうは見えないんだけどね……
細身で童顔な彼は、あたしと遊んでるとよく姉妹に間違われた。
榛色の瞳も、淡い色のふわふわ天パも、女の子みたいに綺麗な顔も、久しぶりに会ったのに変わらない。
……声だって男の人にしては高いし。
ここは母方の祖母の家
あたしが生まれ育った山里の村
母が病で亡くなり……
母の兄である桜ちゃんのお父さんとお母さんも、既に亡い。
「おばあ様、怒ってないのかな……」
音大に行くことを反対した祖母を振り切るようにして、母の死後この村にあたしを置き去りにして、都会で成功した父を訪ねた。
新しい家族もいる父は、音大の授業料や生活費を出してくれたけれど、一度も会ってはくれなかった。
父にとってあたしはもう……過去なんだ。
寂しくても辛くても、歌があったからやってこれたのに、その歌さえ無くなったあたしには、もう何も残っていない。