電話の後、すぐに迎えに来てくれた桜ちゃんは、あたしに荷物をまとめさせると故郷の山に向けて車を走らせた。



「花乃の歌、僕は好きだよ」


「でも……あたしの歌は、コンクールには出させられない位酷いんだよ?」


「花乃、それは……」


「もういいの……歌わないから」



歌わない。

自分で言った言葉なのに胸を抉られる思いだった。

あたしから歌を取ったら何が残るんだろう?








懐かしい我が家は、古くから続く伝統ある旅館だ。

お客様は温泉と趣ある建物、昔から変わらぬ自然を求めてこの場所にくる。

こんな山奥まで来なくても、温泉なんて沢山有るのにって思うけど……


おばあ様は、凛と着物を着こなす六代目女将だ。

桜ちゃんは去年位に外国から帰ってきて、今はこの月守温泉を継ぐために日々修行をしているらしい。




迎えてくれたのは、おばあ様と、あたしが覚えてる限りずっとここで働いている恵実さんだった。


「花乃、よく帰ってきましたね」


「お嬢ちゃま、お帰りになさいませ
直ぐに、ごはんですからね」



「ただいま帰りました」



手をついて頭を床に付けるように深くお辞儀をしたのは、自分なりのけじめのつもり。

だってあたしは、おばあ様と喧嘩してそのまま飛び出すようにして都会の音大に行ったのだから。