つい気が抜けたようになってしまうけれど、あたしにはやらなければいけない事が待っている。

電話番号を渡されたお客さま一人一人に、丁寧に電話を掛けていく。

その場で次の予約を下さるお客さまもいて、少しホッとした。


……なれるかな…?月守旅館の女将に。

って、今でも不安だけれど、なれるかな?じゃなくてなってやるんだ。

自分で言い出した事だもの。
まだまだ道は長いけれど、月守旅館の七代目女将に、あたしがなるんだ。



ともすれば挫けてしまいそうな心の中で、繰り返し唱えながら背筋を伸ばした。

もうレンズに甘えては居られないと、箱に入れて押し入れの置くに眼鏡はしまった。

今まで頼っていた物を流石に捨てるには忍びなくて、ちょっと中途半端なけじめの付け方だとは思うけれど…



真っ直ぐに顔を上げると、武さんが運転する送迎の車が見える。

知花さまのお友達の到着だ。




「遠い所よくおいで下さいました。
ようこそ、月守旅館へ」


滑らかなおばあ様の言葉に、あたしも丁寧にお辞儀をして出迎える。


「十夢さんはっ!?」


降りてきた可愛らしい女の子は、今にも泣き出しそうに見えた。


「こんにちは、無理言ってすみませんでした。

るぅちゃん落ち着いてね~?
十夢は逃げないよ~……たぶん」


最初の方はあたしの顔を見ながら微笑んで言った。

…この方が大澤さま。



「よぉ、遅かったなぁ?」


あたしが口を開くよりも早く、いつの間に来ていたのか知花さまの声がした。


小さい体が知花さまのお腹の辺りに抱き付いている。

…今の動きは予想以上に早かった……


でも、ギュッと抱き付いている姿は、桜ちゃんじゃないけど小動物って言葉がピッタリだと思った。