「女将や花乃に、万が一の事が起こった時の緊急連絡先です。
私が引き込もって創作に没頭していなければ、もっと早く気が付いて連絡出来たんです。申し訳ありません」
板の間に両手をつく那月さんの姿に、慌ててその両手を掴んだ。
「那月さんは悪くないですよ…?
…桜ちゃんに、口止めされてたんでしょ?」
「…えぇ、私が言っていたら空港につく前に、十夢に捕まえられてたかも知れませんから…」
でも……そう続けて口を閉ざしてしまった那月さんは、やっぱり自分を責めているようで、気の利いた事を言えないあたしは黙っているしか無いみたい。
「今から電話しますね?
事情を知っている花乃が説明した方が良いですから」
嬉しいのに、久しぶりに桜ちゃんの声が聞けるっていうのに……どうして怖くて堪らないんだろう…
ううん、本当は分かってる。
帰らないって言われるのが怖いんだ。
でも、あたしが話さなければ月守旅館は潰れてしまう。あの女にメチャメチャにされてしまう。
「…お願い、します」
「はい」
那月さんがダイヤルを回すのは、所謂黒電話。
…あれで外国まで電話出来るなんて、なんか不思議だ。
何か小声で言っているのは少し離れているあたしには聞き取れなくて、手招きされて近付くと受話器を持たされた。
恐る恐るそれを耳に当てる。
『花乃?』