「知花さま…」
「まぁ、あの女が怖いのも分かるけどなぁ?」
花乃ちゃんが去った方とは、反対の角から顔を出すと引き戸を開ける。
固い顔をしてこぶしを握り締める女将は、分かっていると言うようにこちらを睨み付けた。
「…こうでもしなければ……何をされるか…」
「見放されたと思ってんじゃねぇかなぁ?」
「守り方は人それぞれなのですよ。
知花さま、どうか花乃をよろしくお願い致します。そして…桜介を……」
深々と俺に頭を下げて、涙を見せまいとする姿に、なんと声を掛けていいのか分からない。
相変わらずタメ口で話している俺だが、実は一応従業員の枠に入っている。
「今日は、部屋の事で話が」
「知花さまはそのまま小桜の間を使ってて下さい。外にも行きやすいですし、裏手ですからそんなに希望するお客さまもいらっしゃいませんから」
「…じゃあ、お言葉に甘えて。
まぁ…窓から見張られてるからけどな」
「もしや、その為に花乃の部屋に移ったんでしょうか?」
「どうだろうなぁ…
まったく物好きなこった」
もう、さまは止めてくれと言っても、今さら変えられないと、がんとして同じ呼び方を通されている。
まぁ、女将はすっかり従業員の前に姿を見せなくなっているから、あまり問題は無いんだが…
「そろそろ絵里さんが来ます。
鉢合わせは避けませんと…」
「あぁ」
部屋を出て階段を降りて板場に向かう廊下で、偉そうなあの女に行き合った。
「今から仕込み~?後で部屋行くから待っててね」
…気持ちわりい……
こいつは何を勘違いしてるんだ?
花乃ちゃん達に命令する話し方と、俺に対する話し方の差に鳥肌が立つ。