それから更に数日後。
「さぁ、あんたの荷物片付けなさい」
「…え?」
「この部屋はこれから私が使うのよ。
だから、あんたは従業員部屋に移りなさい」
そんな横暴な…
そう言えたらどんなに良いだろう。
でも、永野絵里の後ろには恵美さんが、当たり前みたいな顔をして立っている。
その冷たい表情を見たら、もう…何も言えなくなってしまった。
「おばあ様は…」
「あら?泣きつくつもりだったの?
女将さんも、ここは若女将が住むべきだって賛成して下さったわよ」
言葉の代わりに涙がこぼれた。
ここは、昔お母さんの部屋だった。
音大に行ってからも、変わらず残して置いてくれた部屋を、この人に言われたら簡単にくれてやるんだ…
荷物は多い方ではない。
それでも、片付けるのには時間が掛かって、また脇腹をつねられた。
苦しくて悲しくて、本当に自分は必要ない人間なんだと、痛いほど感じる。
従業員部屋に置ききれない分は、武さんに頼んで物置においてもらった。
「花乃…?」
「明美ちゃん、ごめんね?
せっかく一人部屋だったのに…」
「どういう事や?
…あの女……許さへん!」
腕捲りして部屋を飛び出そうとする明美ちゃんを、必死に引き留めた。
「お願い!お願いだから止めて?
明美ちゃんがクビになんてされたら…」
あたし……
グッと握られたこぶしは、明美ちゃんがあたしを大切にしてくれてる証し。
それがあれば、まだ頑張れる。
「……いいんか?」
「明美ちゃんと二人部屋嬉しいよ?」
赤字続きで、結局永野絵里の親からの支援でここは今存続している。
…赤字の原因は永野絵里なんだけど。
だから、おばあ様もますます頭が上がらなくなってて、悔しいと壁を殴り付ける武さんすら、歯向かう事が出来なくなっていた。