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 買い物といっても、日用品はある程度揃っていたので食材を買うくらい。

 お金には余裕があるし、スーパーはすぐに見つかったし、これならついてきてもらわなくても十分大丈夫だったなと思いながら、スーツ姿の先生と帰り道を2人で歩いていた。

 買い物袋は2つあったが全て先生が持っており、非常に紳士的だ。

「お米も買ったし調味料も揃ったし、これでご飯ができそうです」

「じゃあ、ちょっと休憩してから帰る? そこのカフェで」

 先生は、すぐそこの花々に囲まれた小さな扉を指差す。

 私は笑顔でそれに応えて、後に続いて店に入った。

「よく来るんですか、ここ?」

 辺りはまばらに人がいる中、私たちは隅のボックス席に腰かけた。

「まあね」

 先生はメニューも見ずにあんみつを頼んでくれた。

 対面してまじまじと、その穏やかな若干やる気がなさそうともとれる顔を見つめようとしたが、先生は一冊の文庫本を取り出し、顔を隠すように読み始めてしまう。

「……何かな?」

 先生は本越しの視線に気付いたのか、こちらを見ずに聞いた。

「肩凝りが酷くてね、本読むと肩凝るの分かってるんだけど、読まないわけにはいかなくてねぇ。タブレットは疲れるし」

「そうですね……」

 相槌を求めているようだったので、それに留める。ブックカバーで題名は分からないが、読まないといけない本ということは、仕事関係の物だろう。

 それにしても先生は、わりと控えめで物静かな雰囲気なのに、時々熱いモノを感じる。夏輝が懐いているのがよく解る気がした。部屋の掃除や食事も、注意はするがあえて手を出していないのではないかと思う。そういったクールさが、先生という人柄なのかもしれない。

「はい、あんみつになります」

 歯切れのよい声とともに、あんみつが1つテーブルの上に置かれた。

「……」

 おそらく先生があんみつが好きだから、おススメということで頼んだのだろう。

「あの、先生どうぞ」

 私は、掌を出して勧めた。

「俺は食べないから」

「えっ」

 何で!? 

「あ、あの、好きじゃないんですか??」

「今あんまりお腹すいてなくて」

 言いながら、こちらを見ることもなくページを捲る。

「すみません、あの、わざわざ寄って頂いて……」

「いやあ、足が疲れたしね。さ、どうぞ。召し上がれ。ここのあんみつは美味しくて有名だから」

 少し顔を上げてにっこり笑顔で勧めてくれるが、先生の目の前には水だけ。注文していたのはあんみつのみ。

「じゃあ……頂きます」

 私は、恐縮しきったまま木製のスプーンを手に取り、一口ずつ食べた。

 味は美味しい。ちゃんと美味しいけど、先生が何も食べなくても平気という思考が気になる。

 しばらく食べ進めながら、ちら、ちらと見る。
 
 結婚はしているんだろうか、彼女はいるんだろうか、どこに住んでいるんだろうか、今日は夏輝の家までどうやって来たのだろうか。

 と、延々と考えながら食べ終えたと同時にもう一度見ると、今度は目が合った。

 すぐに逸らす。

「美味しかった?」

「え、あぁ……」

 先生は感想を聞きながら、胸ポケットに本をしまった。

 私は、何か1つでも先生のことが知りたかったので、

「さっきの本、有名な本なんですか?」

と、辺りさわりなく聞いた。

「あ、これね。うん、有名だよ。もう何度も読み返してる」

「小説なんですか?」

「うん」

「恋愛小説ですか?」

 なんかマズイかもしれない、そう思ってすぐ、

「えっと、青春系ですか? それとも、ミステリーですか?」

と、続けた。

「全てひっくるめた感じかな。本屋さんにまだあるかなあ」

 王道の古い小説かぁ……。

 言いながら、先生は立ち上がってしまい、私もつられて立ち上がる。

「あの、もし本屋さんになかったら、貸してもらえますか!?」

 我ながらよい思いつきだ。先生はこちらを見ながら、どうしようかなあ、と言い残し、素通りしようとした店員に

「お会計お願いします」

と、伝票を手渡してしまう。

「あっ、あの、払います!」

 私は慌てて、ポケットの中をまさぐった。

「大丈夫大丈夫。今日は俺の驕りだから」

 そして、先に荷物を持って店から出てしまう。私は慌てて後を追った。

「あの、すみません、どうもありがとうございました!! その……」

「はいはい、道の真ん中で邪魔だよ」

 道の真ん中で頭を下げる私の腕に少し触れ、身体を少し寄せるように動かす。

「あ、すみません」

 後ろを振り返ると、数人の子供が走ってきていた。

 先生は先に歩き出す。私はその後を追いかけた。

「先生」

「はいはい?」

 先生は、横目でちらと見る。

「先生は毎日診察してるんですか? でも、夏輝君の学校で講師してるとなると忙しいですね」

「夏輝が通ってる桜美院学院の大等部の教授が後輩でね、臨時講師を頼まれてるんだ。夏輝と出会ったのはもう随分前だ。俺の恩師の子供さんだからね」

「あぁ、そうだったんですか……」

 その一言で2人の関係の見方が大きく変わった。

「夏輝は小児ではない一般外科を目指してるから、今は直接的な指導はないけどね」

「ふーん、今日夏輝君が泊まりなのは何でですか? 学校の行事ですか?」

「今日は病院で実習だよ。まだ何もできないから、雰囲気を知る程度のことだけど」

「実習、多いんですか?」

「うーん、これからは多いかな。回数こなさないと慣れないからね」

「そうなんですか。……待ってるっていうのも大変ですね、いつ帰って来るか分からないからご飯も用意できないし」

「…………、家で電気つけてたら、それでいいんじゃない?」

 そう言う先生を見上げたが、表情はよく見えなくて。

「……ただいまーって言うのがいいのかもしれませんね。……夏輝君、1人暮らし長いって言ってたから、そういうの喜ぶかもしれませんね」

「うん……だと思う」

「そっかあ……」

 私はまっすぐ前を見る。自分がやらなければならないことが、見えた瞬間だった。

「先生……」

 私は、隣の先生がこちらを向くまで待つ。

「何?」

 先生は、こちらを見てはくれない。

「先生」

「はい?」

 ようやくこちらを見た。

「先生、私、どうやって生きていくべきか分かった気がする!!」

 私は、思いのままを先生にぶつけた。

「そりゃ良かった」

 先生は笑顔で答えると、すぐになんともなさそうに前を見つめ、そのまままた、歩き始めた。