俺は少し苛立ったように早口で言った。

「ふざけるな。お前は誰なんだよ?」


女の子はクスッと笑って水色の本を床におき、フェンスに軽々と登った。


というよりは、飛び乗った。


ジャンプ力がすごい。


あんなの男の俺でも、飛び乗れるかどうか怪しい。


そこまでフェンスは高くはないが、やっぱりある程度は高い。

女の子はフェンスに起用に腰掛けると、目をつむった。


その瞬間、生ぬるい風がふいた。


その風に、女の子のモンブランみたいな髪がゆれる。


そして俺のほうを振り返って言った。


「すぐに全部喋っちゃったら面白くないじゃない?」


は?

面白いとか面白くないとかじゃなくて、こっちの気分の問題なんだよ。


モヤモヤしたままじゃ、気分が悪いだろうが。


女の子は空を見上げた。


それにつられて俺も見上げた。


今日も綺麗な青空だった。

吸い込まれそうなくはい澄み渡った空。


女の子は腕時計をいじりながら言った。



「私の名前はソラ」


ソラ?


俺は訝しげに女の子を見上げで言った。



「どうせ本当の名前じゃないんだろ?」

女の子はクスクス笑いながら空に手をかざして言った。


「本当の名前?そんなの私、とっくの昔に忘れちゃった!」


「忘れちゃったって……君……」


「あー、『君』じゃないよ?『ソラ』だよ!」


……呆れてものも言えない。


もう、いいよ。


めんどくさいし、呼び名がなければ、俺も呼びにくい。



俺はつぶやいた。



「ソラ…」

「はぁい?」

にっこり笑顔でソラが答えた。


別に返事を求めて呼んだわけではなかったのだけど、ソラは嬉しそうに答えた。


本名でもない名前を呼ばれるのがそんなに、嬉しいのだろうか?


変わった女だな。