「ハルトさん、仕事はないんですか?」
「言ったじゃん。今日はないって。明日はあるけど」
「あそうなんですか……」
「お、俺もいく゛―!!」
「病人は寝てなさい」
「しくしく」
「じゃぁどうしようか、ちらっとドライブでもしてからどっか食事行く?」
「えっ、えっ?」
意味もなくユウジを見る。
「いや俺いかんよ」
「……あそう……」
ですよね……そもそも見舞いに来たんだから。
「ええやん2人で行ってきたら」
その目は既にテレビに向けられており、手にはリモコンをしっかり握っている。
「え、あ、じゃあ」
ってか私さっきからこの流されイエスマンばっか。
「4時か。横須加でも行く?」
「え゛!?」
「だって往復4時間もあれば十分でしょ」
「へーえーあー、そうなんですかね……」
「え、横須賀に飲みに行くんですか?」
「いや、横須賀に食事に行ってー、東京で飲まないと車が困る」
「で、ですよね……」
「よし、決まり。行こう。渋滞に巻き込まれる」
ならもう別にこの辺りでも美味しいとこいっぱいあるじゃん……。
「……はい」
さっすがグルメな芸能人!の一言は既にどこか遠くへ飛んでいた。
シートベルトを締めた時点で早くも疲れがどっと来る。
「……運転スキなんですか?」
「うんそうだね。なんかどこへでも行ける浮遊感みたいなのが好き」
「へー……」
あーそーですか。
この先4時間も会話をしなければならないと思うと、もう沈黙でもいいやと思えてくる。
にしても軽いなあ芸能人。まあ、親友の知り合いだけれども、それで突然2人で横須賀に食事に行こうなんて……まあ、今日はたまたま暇なのか……?
「電気屋さんって大変?」
「え、あ、まあ……男のお客さんが多いのでそれがちょっと嫌になるときありますけど」
「あーそうだねえ。クレームとかつけられたりするの?もっと安くしろとか」
「いや、それは基本的にはクレームじゃないです。当然の会話というか」
「えー、そうなんだ」
「基本的にいつも忙しいです。なんでだろう……。何でかは分かりませんけど」
「僕も時々ユウジと買い物行くけど新しい商品が次々出るし大変だよね」
「そうですね、ほんと。基礎が同じだから、その上に新しい機能がついてくるようになってますけど、その基礎を覚えるのが大変でした」
「そうだよねー」
「ハルトさんは何の商品が一番興味ありますか? オーディオですか?」
「うーん、僕はユウジみたいにマニアじゃないからね(笑)。量販店に置いてあるものだと……パソコンかなあ」
「あ、何台も持ってるっていうのテレビで見たことあります」
「うんまあ……。一時ね。いつも使ってるのは一台だよ」
「あ、まあそうですよね。何台あっても設定とか大変だし、一番使いやすい物を使うようになりますよね」
「そうそう、お気に入りができてくるからさ」
さて、とりあえず一旦沈黙を置いて、一言。
「ところで、何を食べに行くんですか?」
「えーとね、何食べたい?」
「え、別に何でも……というか、何か目的があっての横須賀なんじゃないんですか?」
「そう、まあ行き着けのレストランがあってね、そこのステーキが美味しいの。そこにしようかなあと」
「えー、高そう……」
「大丈夫、割り勘とか言わないから(笑)」
「それは……助かります」
というか、私が行きたいって言ったんじゃないし。
「葉月さんはさ、電気屋さんだけ? モデルか何かやってるの?」
「え゛? いえ……何のモデルですか?」
電気屋の広告で似たような人を見たとでも言いたいのだろうか?
「ファッションモデル、とか。外見が綺麗だからさ……まあモデルかって言われたらちょっと雰囲気は違うけど……」
「雰囲気どころか、全く無縁です」
「なんかふっとね……時々あ、今の瞬間カメラに収めたかったのになあって思うよ」
って時々って今会ったばかりですよね??
「え……はあ……撮られる立場の人でも、撮りたいと思う瞬間があるんですね」
「あんまりないけどね。普段カメラ持ち歩いたりしてるわけじゃないから。だから、自分の中でも珍しいんだよ」
え、へー……なんだろなあこの会話。
「ユウジさんなんて、無駄にカメラ持ってますよね。捕まらなきゃいいけど(笑)。もう今の時代は公園で帽子被ってカメラ持ってたら通報されたりしますからね」
「(笑)、幼児盗撮容疑で」
「そうそう(笑)。空撮ってたんだーなんて言い訳にしか聞こえませんよねえ、一般人からしたら。まだ幼児撮ってたの方がなんか説得力がある」
「それもどうかと思うけど(笑)」
「うんまあ、確かにそれもどうかと思いますね(笑)」
そしてまた一旦間が空く。少し沈黙でもいいのにと思っていたが、ハルトはすぐに会話を始めた。
「葉月さんさ、下の名前聞いてないんだけど、聞いていい?」
「え、ああ。紗羅(さら)です」
「紗羅ちゃんか……」
大の大人にちゃんづけで呼ばれると、少しどきっとする。
既に1時間半以上が経過していた。ここからは高速を降りて移動するようである。
降りてすぐの信号で停止して、ハルトはこちらをはっきり見て、確実に目を見て言った。
「可愛いね」
2、3秒はそのままだっただろう。返す言葉も見つからずに、ただ受けてしまった。
ハルトは信号が青になり、前の車が進みだすと前を向いて、何事もなかったかのように運転を続ける。
「可愛いね」に対する返答はしなかった。だって、主語が何か分からなかったから。まだ名前の続きの話しをしていたのか、それとも、私自身に対する評価だったのか。
5分ほど無言になって、真剣に考えすぎている自分を制する。
考えすぎだ。なんともない、気まぐれの一言だった可能性が高い。
「ずいぶん走りましたね」
とにかく、その無言を埋めようと今更ながら慌ててセリフを放つ。
「そう? もうすぐ着くよ」
まあそんな感じで、ハルト行き着けのレストランにつれて行ってもらったはいいが、なんかテーブルマナーとかどうしよう!! と冷や冷やしながら、どきどきで食事を開始する。
だけど始まってみたら、まあ、この人にどう思われたって別にいいか、と、味を楽しむことに集中した。すると、自然と食事に関する話題に花が咲き、まあ、楽しいディナーになったんだと思う。
ハルトはノンアルコールのビールと、私はクランベリージュースを、ゆっくり味わいながら、そして時々ハルトの妖しげな写真集のような眼差しに眩しさを覚えながら、デザートを食べ終えたのである。
会計はもちろん予告通りハルトが「カードで一括」。いくらくらいかはしただろうが、芸能人が数万円で暇つぶしをすることなどよくあることだと、ただ「ご馳走様でした」と、その日3回目の感謝の意を述べた。
「あそこ美味しいでしょ?なかなか時間なくて来られないから今日は久しぶりだったんだけどね」
え、たまの休みなのに知らない人と行きつけなんか来て楽しかったのか?
「あそうなんですか……はい、おいしかったです」
まあ、知らない人とここまで来たいって言ったのはあっちなんだし、あんまり気にしなくていいか。
「自分じゃあんな美味しいところ、なかなか食べにいけないから(笑)」
またつれてってくださいね、は余計だからやめとこう。
「さあ、今日は飲むぞー!!」
「あ、私ほとんど飲めませんので……」
「いつも何を飲むの?」
「カクテル……くらいしか飲みません。ビールも嫌いだし」
「弱い?」
「うーん……滅多に飲まないんで、多分弱いですけど……」
「カクテルどのくらいのむの?」
「どのくらい……うーん、頑張れば3、4杯……」
「大丈夫、弱いよ」
「あ、ハルトさんすごい飲むんですよねー」
「うんそう、なかなか酔わないんだよね」
「毎日飲んでるんですか?」
「毎日は飲めないね、忙しくて」
「そうですね……」
「だけど明日は昼からだし、さっきは美味しい物も食べられたし」
まさかぐてんぐてんになったハルトをタクシーの中に入れる役なのだろうか……私。
「あのね。知り合いがやってる店で美味しいカクテル出してくれるところがあるの、そこ連れてってあげるよ」
ってなんか私が連れてってほしいって言ったみたいだな……。
「あ、ありがとうございます」
この返答で合ってるのか?
「僕ね、ほんとは人見知り激しいんだ」
へー……。
「え、そうなんですか?」
「そう、だから今日初めて会った女の子と一緒にこんな遠くまで食事なんて自分でびっくりだよ」
まあだからそれは暇だったからじゃないんですかねえ。
「なんか芸能人って、合ったその場からお友達みたいな感じなのに、違うんですか?」
「そんなまさか、僕はそんな尻軽じゃないのよ(笑)」
全然説得力ないなあ。
「私も今日ハルトさんじゃなかったら行かなかったと思います」
多分。
「どうして?」
いや、運転中だから前見て欲しいんですけど。
「え、だって、テレビでよく見てるからなんか知った人みたいな感覚で……」
「そんな理由?」
「え、一般人の私からすれば結構な理由だと思いますけど(笑)。ユウジさんからも何も聞いたことなかったし。あ、ハルトさんのバックバンドやってるってことは聞いてましたけど」
「あそうなんだ」
「はい」
ってここからしばらくユウジとの思い出話なんかしちゃってようやく東京に到着。晩御飯食べに行くだけに一体どんだけ労力が必要なんだ!! これこそ現代人のエネルギーの無駄遣いの象徴ではないか……。
「はーい、着きました」
「え、ここ……?」
「言ったじゃん。今日はないって。明日はあるけど」
「あそうなんですか……」
「お、俺もいく゛―!!」
「病人は寝てなさい」
「しくしく」
「じゃぁどうしようか、ちらっとドライブでもしてからどっか食事行く?」
「えっ、えっ?」
意味もなくユウジを見る。
「いや俺いかんよ」
「……あそう……」
ですよね……そもそも見舞いに来たんだから。
「ええやん2人で行ってきたら」
その目は既にテレビに向けられており、手にはリモコンをしっかり握っている。
「え、あ、じゃあ」
ってか私さっきからこの流されイエスマンばっか。
「4時か。横須加でも行く?」
「え゛!?」
「だって往復4時間もあれば十分でしょ」
「へーえーあー、そうなんですかね……」
「え、横須賀に飲みに行くんですか?」
「いや、横須賀に食事に行ってー、東京で飲まないと車が困る」
「で、ですよね……」
「よし、決まり。行こう。渋滞に巻き込まれる」
ならもう別にこの辺りでも美味しいとこいっぱいあるじゃん……。
「……はい」
さっすがグルメな芸能人!の一言は既にどこか遠くへ飛んでいた。
シートベルトを締めた時点で早くも疲れがどっと来る。
「……運転スキなんですか?」
「うんそうだね。なんかどこへでも行ける浮遊感みたいなのが好き」
「へー……」
あーそーですか。
この先4時間も会話をしなければならないと思うと、もう沈黙でもいいやと思えてくる。
にしても軽いなあ芸能人。まあ、親友の知り合いだけれども、それで突然2人で横須賀に食事に行こうなんて……まあ、今日はたまたま暇なのか……?
「電気屋さんって大変?」
「え、あ、まあ……男のお客さんが多いのでそれがちょっと嫌になるときありますけど」
「あーそうだねえ。クレームとかつけられたりするの?もっと安くしろとか」
「いや、それは基本的にはクレームじゃないです。当然の会話というか」
「えー、そうなんだ」
「基本的にいつも忙しいです。なんでだろう……。何でかは分かりませんけど」
「僕も時々ユウジと買い物行くけど新しい商品が次々出るし大変だよね」
「そうですね、ほんと。基礎が同じだから、その上に新しい機能がついてくるようになってますけど、その基礎を覚えるのが大変でした」
「そうだよねー」
「ハルトさんは何の商品が一番興味ありますか? オーディオですか?」
「うーん、僕はユウジみたいにマニアじゃないからね(笑)。量販店に置いてあるものだと……パソコンかなあ」
「あ、何台も持ってるっていうのテレビで見たことあります」
「うんまあ……。一時ね。いつも使ってるのは一台だよ」
「あ、まあそうですよね。何台あっても設定とか大変だし、一番使いやすい物を使うようになりますよね」
「そうそう、お気に入りができてくるからさ」
さて、とりあえず一旦沈黙を置いて、一言。
「ところで、何を食べに行くんですか?」
「えーとね、何食べたい?」
「え、別に何でも……というか、何か目的があっての横須賀なんじゃないんですか?」
「そう、まあ行き着けのレストランがあってね、そこのステーキが美味しいの。そこにしようかなあと」
「えー、高そう……」
「大丈夫、割り勘とか言わないから(笑)」
「それは……助かります」
というか、私が行きたいって言ったんじゃないし。
「葉月さんはさ、電気屋さんだけ? モデルか何かやってるの?」
「え゛? いえ……何のモデルですか?」
電気屋の広告で似たような人を見たとでも言いたいのだろうか?
「ファッションモデル、とか。外見が綺麗だからさ……まあモデルかって言われたらちょっと雰囲気は違うけど……」
「雰囲気どころか、全く無縁です」
「なんかふっとね……時々あ、今の瞬間カメラに収めたかったのになあって思うよ」
って時々って今会ったばかりですよね??
「え……はあ……撮られる立場の人でも、撮りたいと思う瞬間があるんですね」
「あんまりないけどね。普段カメラ持ち歩いたりしてるわけじゃないから。だから、自分の中でも珍しいんだよ」
え、へー……なんだろなあこの会話。
「ユウジさんなんて、無駄にカメラ持ってますよね。捕まらなきゃいいけど(笑)。もう今の時代は公園で帽子被ってカメラ持ってたら通報されたりしますからね」
「(笑)、幼児盗撮容疑で」
「そうそう(笑)。空撮ってたんだーなんて言い訳にしか聞こえませんよねえ、一般人からしたら。まだ幼児撮ってたの方がなんか説得力がある」
「それもどうかと思うけど(笑)」
「うんまあ、確かにそれもどうかと思いますね(笑)」
そしてまた一旦間が空く。少し沈黙でもいいのにと思っていたが、ハルトはすぐに会話を始めた。
「葉月さんさ、下の名前聞いてないんだけど、聞いていい?」
「え、ああ。紗羅(さら)です」
「紗羅ちゃんか……」
大の大人にちゃんづけで呼ばれると、少しどきっとする。
既に1時間半以上が経過していた。ここからは高速を降りて移動するようである。
降りてすぐの信号で停止して、ハルトはこちらをはっきり見て、確実に目を見て言った。
「可愛いね」
2、3秒はそのままだっただろう。返す言葉も見つからずに、ただ受けてしまった。
ハルトは信号が青になり、前の車が進みだすと前を向いて、何事もなかったかのように運転を続ける。
「可愛いね」に対する返答はしなかった。だって、主語が何か分からなかったから。まだ名前の続きの話しをしていたのか、それとも、私自身に対する評価だったのか。
5分ほど無言になって、真剣に考えすぎている自分を制する。
考えすぎだ。なんともない、気まぐれの一言だった可能性が高い。
「ずいぶん走りましたね」
とにかく、その無言を埋めようと今更ながら慌ててセリフを放つ。
「そう? もうすぐ着くよ」
まあそんな感じで、ハルト行き着けのレストランにつれて行ってもらったはいいが、なんかテーブルマナーとかどうしよう!! と冷や冷やしながら、どきどきで食事を開始する。
だけど始まってみたら、まあ、この人にどう思われたって別にいいか、と、味を楽しむことに集中した。すると、自然と食事に関する話題に花が咲き、まあ、楽しいディナーになったんだと思う。
ハルトはノンアルコールのビールと、私はクランベリージュースを、ゆっくり味わいながら、そして時々ハルトの妖しげな写真集のような眼差しに眩しさを覚えながら、デザートを食べ終えたのである。
会計はもちろん予告通りハルトが「カードで一括」。いくらくらいかはしただろうが、芸能人が数万円で暇つぶしをすることなどよくあることだと、ただ「ご馳走様でした」と、その日3回目の感謝の意を述べた。
「あそこ美味しいでしょ?なかなか時間なくて来られないから今日は久しぶりだったんだけどね」
え、たまの休みなのに知らない人と行きつけなんか来て楽しかったのか?
「あそうなんですか……はい、おいしかったです」
まあ、知らない人とここまで来たいって言ったのはあっちなんだし、あんまり気にしなくていいか。
「自分じゃあんな美味しいところ、なかなか食べにいけないから(笑)」
またつれてってくださいね、は余計だからやめとこう。
「さあ、今日は飲むぞー!!」
「あ、私ほとんど飲めませんので……」
「いつも何を飲むの?」
「カクテル……くらいしか飲みません。ビールも嫌いだし」
「弱い?」
「うーん……滅多に飲まないんで、多分弱いですけど……」
「カクテルどのくらいのむの?」
「どのくらい……うーん、頑張れば3、4杯……」
「大丈夫、弱いよ」
「あ、ハルトさんすごい飲むんですよねー」
「うんそう、なかなか酔わないんだよね」
「毎日飲んでるんですか?」
「毎日は飲めないね、忙しくて」
「そうですね……」
「だけど明日は昼からだし、さっきは美味しい物も食べられたし」
まさかぐてんぐてんになったハルトをタクシーの中に入れる役なのだろうか……私。
「あのね。知り合いがやってる店で美味しいカクテル出してくれるところがあるの、そこ連れてってあげるよ」
ってなんか私が連れてってほしいって言ったみたいだな……。
「あ、ありがとうございます」
この返答で合ってるのか?
「僕ね、ほんとは人見知り激しいんだ」
へー……。
「え、そうなんですか?」
「そう、だから今日初めて会った女の子と一緒にこんな遠くまで食事なんて自分でびっくりだよ」
まあだからそれは暇だったからじゃないんですかねえ。
「なんか芸能人って、合ったその場からお友達みたいな感じなのに、違うんですか?」
「そんなまさか、僕はそんな尻軽じゃないのよ(笑)」
全然説得力ないなあ。
「私も今日ハルトさんじゃなかったら行かなかったと思います」
多分。
「どうして?」
いや、運転中だから前見て欲しいんですけど。
「え、だって、テレビでよく見てるからなんか知った人みたいな感覚で……」
「そんな理由?」
「え、一般人の私からすれば結構な理由だと思いますけど(笑)。ユウジさんからも何も聞いたことなかったし。あ、ハルトさんのバックバンドやってるってことは聞いてましたけど」
「あそうなんだ」
「はい」
ってここからしばらくユウジとの思い出話なんかしちゃってようやく東京に到着。晩御飯食べに行くだけに一体どんだけ労力が必要なんだ!! これこそ現代人のエネルギーの無駄遣いの象徴ではないか……。
「はーい、着きました」
「え、ここ……?」