「ご、めんなさい…。気付かなかった」

『…はあ。心臓に悪いからちゃんと
周り見て歩いて』

「うん、ごめん…」


さっきまでの私には、歩いているという
感覚はなかった。


きっと、無意識にあの公園から出て
ふらふらとしていたんだと思う。


暴れる心臓を落ち着かせるために、
ふう、と息を吐いて呼吸を整える。


その時———…。




真横で、艶やかな黒髪が揺れた。


「…っ、…藤…っ」

『きゃ!』

『悠!?』

咄嗟に伸びた右手は横を通り過ぎた
女性の腕を掴んでいた。


「…………」

『あ、あの…、何か?』

「………ごめんなさい。人違いでした…」

『そう…ですか。あの、じゃあ』

「すみません。驚かせてしまって」


苦笑いを浮かべて会釈しながら去る女性に悪いことをしてしまったと反省。


「(彼女がここにいるわけがないのに。
私は何を、望んでいるの…)」

『悠…?』


何かを望んだわけではなかった。

だけど、もう一度。
私はその艶やかな黒髪を目に焼き付けた。